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September 21 トラップ・ファミリー合唱団のおおスザンナ 追記  "Oh! Susanna" by the Trapp Family Singers [スザンナ周辺]

September 21, 2008 (Sunday)

September 20 トラップ・ファミリー合唱団のおおスザンナ "Oh! Susanna" by the Trapp Family Singers [スザンナ周辺]

の補遺です。

 

カリフォルニア時間9月21日朝9時――トラップ一家についてはいろいろな人が書いているだろうことはわかっていたのですが、目を通している余裕がありませんでした。いくつか参考のために並べておきます。いちおう最初に前回の参考url も再掲します。

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The Trapp Family Lodge, Stowe, VT: A Little of Austria . . . A Lot of Vermont <http://www.trappfamily.com/> 〔1940年代前半に農場を買ってトラップ一家が住み着いたヴァーモント州Stowe のトラップ家のホームページ〕

Peter Kerr, "Maria von Trapp, Whose Life Was 'Sound of Music' Is Dead" New York Times, March 29, 1987 <http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B0DEED91738F93AA15750C0A961948260> 〔3月27日に亡くなった翌日の『ニューヨーク・タイムズ』紙の obituary。アメリカに着いて最初の大きな劇場での公演について、昔の記事を引用して次のように書いている――〕

Their first major concert, which brought the Trapp Family Choir national attention, took place in New York in Town Hall on Dec. 10, 1938. In a review of their opening performance, The New York Times commented:

''There was something unusually lovable and appealing about the modest, serious singers of this little family aggregation as they formed a close semicircle about their self-effacing director for their initial offering, the handsome Mme. von Trapp in simple black, and the youthful sisters garbed in black and white Austrain folk costumes enlivened with red ribbons. It was only natural to expect work of exceeding refinement from them, and one was not disappointed in this.''

"The Story of the Real Maria von Trapp" <http://myfavouritethings.homestead.com/mariastory.html>〔個人のウェブサイト The Sound of Music <http://myfavouritethings.homestead.com/Homepage.html> 内。写真が数葉あります〕

Joan Gearin, "Movie vs. Reality: The Real Story of the Von Trapp Family" Prologue, Winter 2005, vol. 37, no. 4 <http://www.archives.gov/publications/prologue/2005/winter/von-trapps.html> 〔映画と現実の違い。最もこの映画は事実と違っているというのはたいへん有名な話です。いろいろな画像資料を掲載しているところが興味深い〕

"Werner von Trapp" Wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Werner_von_Trapp>

"Trapp Family: Oh, Susanna/ I come from Alabama" (1:37) posted by "Jairdan" on May 10, 2007 <http://uk.youtube.com/watch?v=zZRg5iOGpYo> 〔ドイツ版映画の「おおスザンナ」のシーン〕

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「トラップ一家その後の人生」 「わちの子倶楽部」の『トラップ一家物語の部屋』内 <http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/2761/sonogo.html> 〔世界名作劇場を扱うページ内。「名作アニメ「トラップ一家物語」では一家がアメリカに亡命したところで終わってしまいますが、現実の世界ではもちろん彼らの生活はその後も続きます。ここではアニメで語られることの無かったアメリカ亡命後のトラップ一家の人々にスポットをあててみたいと思います。 参考文献:「サウンド・オブ・ミュージックの世界」求龍堂刊〕

トラップ一家物語年表 (トラップ一家に関する年表、「トラップ一家物語」と史実の相違点、「トラップ一家物語」と史実が異なる理由 『トラップ一家物語ファンクラブ』内 <http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1652/trapp/chrono.html> 〔世界名作劇場のファンクラブ。「全曲リスト」とかあって、熱がこもっています。この年表は「文溪堂『サウンド・オブ・ミュージック』、求龍堂『サウンド・オブ・ミュージックの世界』から抜粋、加筆して作成」〕

ついでに英語のページも――

"Trapp Family Story" Wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Trapp_Ikka_Monogatari> 〔英語版。さすがに日本語のウィキペディアの「トラップ一家物語」のほうがくわしいです〕

"Georg von Trapp" Istria on the Internet <http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1652/trapp/song/song.html> 〔ゲオルク少佐についての記事ですが、その後のトラップ一家についてもたいへんくわしいです。以下、この記事をもとにしながら、かいつまんで記述することにします。〕

 

   1938年、ピクニックのような軽装で屋敷のすぐ裏の駅から汽車に乗り、アルプスを越えてイタリアへ、そしてトリエストに滞在し、それから船で――どこ から? というのが諸説あるようですが――ニューヨークへ。アメリカには6ヶ月の visitors’ visas で滞在。上の『ニューヨーク・タイムズ』が言及している公演は1938年12月ですが、その後ペンシルヴェニア州に行って公演を行ない、1月にフィラデル フィア市で子供ヨハネスが生まれて、それから全米のコンサートツアーを行なう。推定で8ヶ月間。しかしビザは切れているので国外退去せねばならなくなりま すが、コンサートの招待があってスカンジナヴィアへ公演旅行へ行く。1939年9月、第二次世界大戦勃発。アメリカのマネジャーから、演奏契約履行のため に、切符が送られてくる。9月27日、ノルウェーのオスロ発のアメリカ行きの船に乗ります(やっぱり6ヶ月ビザ)。このときもRev. Wasner と Martha Zochbauerが同行していることが、the Ship's Manifestによって知られます。

  アメリカでの最初の2年間、一家は "Trapp Family Singers" と書き記したバスを「家」として公演旅行をします。

TrappFamilySingers_kidsbus300.jpg

  "TRAPP FAMILY" の下はなんと書いてあるのでしょう? 

    おそらく1939年の秋から暮れに、ヴァーモント州Stowe の小さな村を見つけます。この山村は、オーストリアの自分たちの故郷を思い出させるところがあったようです。そして、お金を貯めて、600エーカーの土地 と農場を1941年(か42年)に購入します。マリアは "Cor Unum" と名付けますが "One Heart" 「ひとつの心」という意味です。


Photo from: http://www.trappfamily.com/history.html

   夏は農場で働き、8ヶ月間の演奏旅行をするというのはたいへんだったようです。マリアはキリスト者としての信念をもって仕事をしていたようですが、子供たちは自由な生活ができずに辛いところもあったようです。

  次男のWerner von Trapp (December 21, 1915 – October 11, 2007) についてですが、第二次大戦では陸軍 the 10th Mountain Division に参加してイタリアで従軍。帰国後、合唱団に戻りますが、その後は同じヴァーモント州のWaitsfieldに酪農家として独立。6人の子供と13人の孫にめぐまれます。孫の Sofia、 Melanie、 Amanda、Justin は現在のthe von Trapps Children あるいは the von Trapps として音楽活動をおこなっているようです――<http://www.vontrappchildren.com/>。娘の Elizabeth von Trapp は、やはり歌手になり、グレゴリオ聖歌とカントリーとフォークとミュージカル・コメディーを混ぜ合わせたコンサートを行なっているそうです。2001年には、アメリカの詩人 Robert Frostの詩を使用する許可を得たそうです。(cf.アマゾンのElisabeth Von Trapp―― "One Heart One Mind" とかは農場の名前を思い出させますね。)

   著書 Maria か ら―― "Overnight we had become really poor; we had become refugees. A refugee not only has no country, he also has no rights. He is a displaced person. At times he feels like a parcel which has been mailed and is moved from place to place. . . .  The only thing we could do well together was sing, so we had to turn a hobby into a way of living." (一夜にして私たちはほんとうに貧乏になっていました。私たちは亡命者になりました。国をもたないだけでなく、市民権を何ももたないのが亡命者です。場所 を移し替えられた人間です。亡命者は、ときどき自分が、場所から場所へと配送され移動される荷物かなにかのように感じます。・・・・・・私たちが一緒に なってできることは歌うことだけでした。それで私たちは趣味を生活の糧に変えねばならなかった。)

 

 

 


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