January 13-14 1846年の電気実験のチラシから――擬似科学をめぐって(15) On Pseudosciences (15) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]
January13, 2009 (Tuesday)
January 14, 2009 (Wednesday)
メスメリズムのチラシとして入れたつもりが、メスメリズムというコトバがなく、はた、と困ったチラシ。ということで、まだイギリスですが、おわりのほうでアメリカのポーの話をします。
1846年イングランド北部のハダーズフィールドのギルドホールにおけるW・リチャードソンの哲学講義のチラシ
哲学講義ですが、「ポピュラー・レクチャー」と名乗っていて、中身は「笑いガス LAUGHING GAS」あり「死体に生命をLIFE TO A DEAD BODY」という怪しいフレーズあり(もっともその前には小さい字で "giving the appearance of" と書かれていて、死体が生き返ったように見えるようにする(それにしても何の死体?)、という主旨なのですが、上の方の城の尖塔と雷の絵とかとあわせて、フランケンシュタインの電気仕掛けの生命創造を思い起こさせます。講義自体「電気、ガルヴァニズム、電(気)磁気、気体学 (? Pneumatics)」 と4つ並んでおって、ナニが哲学なのかようわかりません。
前列1シリング、後列6ペンス。小人は半額。7時半開場、8時開演。子供も科学と哲学をしていた時代ということですね。
かねて、電気とメスメリズムはどういう関係だったのか気にはなっていたのです。1830年代にイギリスに再びメスメリズムが入ってきたとき……もう少し具体的に書くと・・・・・・
ピュイセギュールによる新たな「動物磁気説」の復興後、フランスからイギリスへドーバー越えてやってきたのがCharles Dupotet de Sennevoy で、1837年6月のことです。はじめ外科医のHerbert Mayo に招かれてロンドンのいくつかの病院でデモンストレーションを行ない、さらにUniversity College Hospital (UCH) の John Elliotson 教授のもとで一連の施術と公開実験を行ないます。University College of London (UCL) は当時進歩的な学風で知られ、エリオットソンは人気の若手研究者でした。彼は作家のディケンズや、Facts in Mesmerism を書く Chauncey Hare Townshend の親しい友人でもあり、そろってメスメリズムの実験を行なったりもしています。そのエリオットソンがメスメリズム(アニマル・マグネティズム)の被験者に電気を使った実験を行なった記録は残っていて、それはmagnet と electricity との明瞭な関係性(の類推)によるとされておるのですけれど、それってアニマル・マグネティズムのmagnetism をそのままいわゆる磁気と考えていいのか? という疑問を内包しつつ、でも考えてみたら、メスメリズムにおいて確かに強力な磁石を用いておるんですけれどね、メスマー以来、初期は。
エリオットソンは電気とメスメリズムの関係以外にもいろいろ実験を行なっていて、たとえば45度の角度で2枚の鏡板を立てて、催眠をかけられるか、とか、ドア越しにかけるとか、前の記事で言及した感覚の転移の実験とかもやっています。講演科学者だったDionysius Lardner が積極的に実験を展開して、そのなかで電気実験が行なわれます。"galvanic and electrical apparatus" を準備して、聴衆(UCLの先生たちその他)にビビビとビックリ感じさせて確認後、導線の先っぽを催眠状態の被験者にあてても無感覚のままである。ただし手の筋肉の収縮は認められる。
ウィキペディアには「電磁気学の年表」というのがあって、途中をゴッソリ抜き出して引用すると、次のようです――
- 1600年 - ウィリアム・ギルバートが、古来より摩擦電気現象が知られていた琥珀以外に、硫黄や樹脂、ガラスなどにも摩擦電気が発生することが確認。
- 1663年 - オットー・フォン・ゲーリケが、硫黄球を回転させて摩擦電気を作り出す摩擦起電機を発明。
- 1729年 - スティーヴン・グレイが、導体と不導体の区別を発見。これによって、電気は動くものであることが確認された。
- 1733年 - シャルル・フランソワ・デュ・フェが、金属にも摩擦電気が発生することを発見し、さらに電気はガラス電気(プラス)と樹脂電気(マイナス)の2種類があることを提唱。
- 1746年 - ピーテル・ファン・ミュッセンブルーク (Pieter van Musschenbroek)が、電気を蓄えるライデン瓶を発明。ゲーリケの摩擦起電機とともに、後の電気研究に貢献した。
- 1750年 - ベンジャミン・フランクリンが、電気は1種類で、物質ではない荷電流体であるという一流体説を提唱。
- 1752年 - フランクリンが、凧揚げの実験から、雷が電気現象であることを証明。
- 1753年 - ジョン・キャントン(John Canton)が、帯電体に金属を近づけたときに発生する静電誘導を発見。
- 1767年 - ジョゼフ・プリーストリーが、電気的な逆二乗則を提案する。
- 1780年 - ルイージ・ガルヴァーニが、「動物電気」を発見し、動物の体内に電気があるのではないかという仮説を立てる。
- 1785年 - シャルル・ド・クーロンが、2つの電荷間で作用する力は、距離の2乗に反比例するというクーロンの法則を発見。
- 1800年 - アレッサンドロ・ボルタが、電気は異種金属の接触によって発生することを発見。最初の電池(ボルタ電池)を作成。
- 1807年 - ハンフリー・デーヴィが、ボルタの発明した電池を電源としたアーク放電灯を完成。
- 1820年 - ハンス・クリスティアン・エルステッドが、電気を通した導線の近くに置いた磁針が振れる実験で、電流の磁気作用を発見。
- 1820年 - ジャン=バティスト・ビオ/フェリックス・サバールが、導線の周辺に発生する磁界の大きさを計算するビオ・サバールの法則を発見。
- 1820年 - フランソワ・アラゴが、鉄心に巻きつけた導線に電流を流すと磁石になる電磁石の原理を発見。
- 1820年 - ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックが、電流を流した導線が1つの磁石になることを発見。
- 1820年 - アンドレ・マリー・アンペールが、電流を流した2本の導線が互いに反発・吸引する相互作用と、電流の方向に対して右ねじの回転方向に磁界が生じるというアンペールの法則を発見。
- 1821年 - マイケル・ファラデーが、電流を流した導線と磁石の間に相互作用があることを確認。
- 1822年 - トーマス・ゼーベックが、異なる金属を接合させて閉じた回路にしたとき、両者の接点に温度差があると電流が発生するというゼーベック効果を発見。
- 1822年 - アンペールが、電流を流した2本の導線間に働く力が、電流の積に比例し、距離に反比例することを確認。
- 1823年 - ウィリアム・スタージャンが、最初の電磁石を発明。
- 1824年 - アラゴが、円板の周辺に沿って磁石を回転させると、円板も同じ方向に回転するというアラゴーの回転板の原理を発見。
- 1826年 - ゲオルク・オームが、電圧と電流、電気抵抗の関係を表したオームの法則を発見。
- 1831年 - ファラデーが、導線を通り抜ける磁力線の数が時間的に変化すると、導線に誘導起電力発生するというファラデーの電磁誘導の法則を発見。
- 1834年 - ハインリヒ・レンツが、電磁誘導による誘導電流は、それを生み出す磁石の動きを妨げる方向に流れるというレンツの法則を発見。
- 1837年 - ファラデーが、電磁場は、近接する媒体に伝わって周囲に影響を及ぼすという近接媒体電磁場説を提唱。
- 1840年 - ジェームズ・プレスコット・ジュールが、電気が熱に変わるとき、その発熱量と電力、時間の関係を表したジュールの法則を発見。
- 1842年 - ジョセフ・ヘンリーが、コンデンサの電荷をコイルで放電させると、電気振動が発生することを発見。
- 1856年 - ジェームズ・クラーク・マクスウェルが、電磁気の第1の論文「ファラデーの力線について」を発表。これによって、電気現象を数学的に表現。
- 1859年 - ガストン・プランテが、充電ができる鉛蓄電池(二次電池)を発明。
- 1861年 - マクスウェルが、第2の論文「物理的力線について」を発表。電磁場理論を発表。
- 1864年 - マクスウェルが、第3の論文「電磁場の動力学的理論」で、電磁波の存在を予言。
- 1870年 - ゼノブ・グラムが長時間運転可能な発電機を実用化。
- 1873年 - マクスウェルが、電磁気に関する研究の集大成として「電磁気学」を発表。光が電磁気学的現象であることを明言する。
- 1875年 - ジョン・カーが、いくつかの液体で電気的に引き起こされる複屈折を発見する。
- 1876年 - アレクサンダー・グラハム・ベルが、電話機を発明。人の声を電流に変換して初めて送信。
(英語版の "Timeline of electromagnetism and classical optics" の方が項目が多いです <http://en.wikipedia.org/wiki/Timeline_of_electromagnetism_and_classical_optics>)。しかし、どちらにもメスマーのメの字も出てきません。
電気と磁気の関係については1820年ごろに集中して発見が行なわれたのが最初のピークのようです。
で、電気の神秘的な性質とかなんたらが『フランケンシュタイン』も含めて18世紀から19世紀はじめにかけてまつわりついていたのが、次第に科学的に解明されていくわけです。
ここで、エリオットソンらのイギリスの科学者が電気を導入してみたのは、電気の神秘的性質によるものではなくて、催眠術師の意志だとか、被験者の想像力だとか、そういう非物質的なものではなくて、物理的なものが媒介として作用としていると証明しようとしたからに他ならない、という点を注意しておきたいと思います。
それでも、それでも、敢えていえば擬似科学的な想像力においては、媒体としての電気が、存在を否定されたメスマーの磁気流体にとってかわる可能性は否定できません。否、それどころか、既に電気と磁気をあわせて現代のデンジマンにつながる(かどうかは知りませんが)「電磁気」という概念ができていたのだし、その後の歴史は、動物の神経細胞ニューロンは電気活動を行ない、脳は電気信号の情報処理施設であり、さまざまな周波数の電気振動を発していることがわかったのであり、人間はコンピューター以上にあるいは以前に電脳的な存在だったのじゃなかですか(適当に書いています。「脳の世界: 京都大学霊長類研究所」 <http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/brain/brain/index.html> は勉強になるかもしれません)。もちろんそのことと磁気治療器の効能、あるいはフレノ・メスメリズムの機構とはズレていますけど。
電気にしても磁気にしても、媒体として探求されていたことはわかるのですが、19世紀の人たちの身になって想像してみると、その媒体の性質というか、本質について、人によって異なる捉え方があったのではないかと思えます。
典型的な構図を考えるならば、雷の実験で有名なアメリカのベンジャミン・フランクリンは、フリーメーソンだけれども理神論者でした。理神論もいくつかヴァリエーションはありますけれども、典型的には、神を信じるけれども、神の直接的関与はすでにこの世界になく、神の創造を離れた世界(宇宙)は独自の機械論的決定論によって科学的に進展していく、というような考え方です。つまり啓示とか奇跡といったもの、超自然、を現実世界から排除して、しかし信仰は確保する、という合理的離れ業です。神は見事な宇宙を創造したが、神は宇宙から超越した存在ということです。
で、のちに擬似科学と呼ばれることとなった18~19世紀のメスメリズムやフレノロジーやホメオパシーなどが共通にもっているのは、霊的な媒体・媒介、という考えじゃなかろうか。それによって、幽霊と一緒に捨ててしまいかねなかった人間の霊性(というか、おそらく歴史的には、神による人間存在の根拠の保証がゆらぎ、超自然的な悪魔や天使が原因とされていたことが個の人間の内部に求められるようになって、ヨーロッパに地下水脈的にあった神秘学的な思想や18世紀からの東洋思想の刺激(第何波かわかりませんが、19世紀後半、20世紀後半の波の前の波)を受けて+ロマン主義的な人間中心主義のひとつのかたちとして出てくるのでしょうが)、あるいは神と一緒にこの世から排除してしまいかねなかった宗教的経験みたいなもの、の根拠が与えられるからです。
ハナシが飛躍しました。
でも、わかりにくい文章はそのままにして、わかりやすく書きなおしておくと、自分の言いたいのはこういうことです。キリスト教の神が人間の存在論的・心理的基盤としての力を失なってゆくロマン主義の時代にあらためて問題になったのは、人間論的(小宇宙的)には人間の霊性の問題であり、宇宙論的には神的なものが世界に関与するか否かという問題であった。18世紀から19世紀にかけての擬似科学のひとつの特徴は、キリスト教内部の理神論的な傾向に抗して、神的なものと世界をつなぐ媒体を想定しようとしたことだった。だからこそ電気も磁気も霊的な性質を帯びたものとして捉えられた。
で、こういう擬似科学を新戸雅章のように「科学仕掛けの神秘主義」ということはできるのですけれど、くりかえし述べているように、「科学」自体が成立する過渡期にあったわけで(たぶん)、科学が既存の材料・ネタとしてあってそれを利用して神秘主義を構築する、というのとは違ったんじゃないか。
たとえば、ややこしいのは、擬似科学でなくても物理学・天文学でエーテルの存在は宇宙を説明するために想定されていました。だが、このエーテルは霊ではない。エーテルの存在はアインシュタインの相対性理論によって否定されることになりますが、それまで天文学はエーテルを必要としていたし、エーテルは異説ではありませんでした(ウィキペディアの「エーテル」 "" 参照)。
作家ポーの最晩年の宇宙論『ユリイカ』の新しい訳が去年でて、訳者の八木敏雄さんから送っていただいたのですけれど、その岩波文庫版178ページにこういう一節があります。――
わたし自身がエーテルと称してしかるべきものを仮定したことはご記憶のとおりである。わたしは、つねに物質に付随してはいるが、物質の異質性によってのみ顕在化するものと理解される微妙な影響力について言及したのだ。この影響力の驚嘆すべき性質を説明する努力はあえて放棄して――わたしはただ電気、熱、光、磁力、それに――生命力、意識、思考力――つまり精神性――といったさまざまな現象を、この影響力に帰したのであった。こうなれば、すぐおわかりのことと思うが、かように考えるエーテルは天文学者たちの考えるエーテルとはまったくちがうものなのである。彼らのは物質であり、わたしのはそうではないのだから。
ポーは別の箇所ではこのエーテルを「霊的エーテルspiritual ether」と何度か呼んでいます。そして「物質は・・・・・・この霊的エーテルの目的に奉仕するためにのみ創造されたものと見ることができる」とポーは言います。
実はポーは『ユリイカ』――ふたつ副題があり、タイトルページでは「散文詩 A Prose Poem」、本文冒頭では「物的かつ霊的宇宙についてのエッセー An Essay on the Material and Spiritual Universe」――以前には、基本的には物質主義的な思考を展開したのでしたが、ここにいたってギリギリのところで、霊性を物質と分けるのです。こういうポーを擬似科学的、と呼んで一笑に付すことは自分にはできないです。まー、擬似科学的なんでしょうが、であるなら擬似科学を一笑に付すことは自分にはできない。
e-texts:
Experimental Researches in Electricity, Volume 1 - Faraday, Michael, 1791-1867
Book from Project Gutenberg: Experimental Researches in Electricity, Volume 1 〔London: R. and J. E. Taylor, 1844〕
Scientific researches, experimental and theoretical, in electricity, magnetism, galvanism, electro-magnetism, and electro-chemistry. With copper-plates. #c By William Sturgeon. Published by subscription - Sturgeon, William, 1783-1850 〔London: Thomas Crompton, 1850〕
Eureka: A prose poem - Poe, Edgar Allan, 1809-1849 〔New York: Putnam, 1848〕
こんにちは。
3週間ぶりでしょうか?
遡って読んでたら、うっかりお湯を沸かしているのを忘れてお湯が半分になってしまいました!
ここは、私が日常ではあまり触れることのないテーマがいっぱいで難しいテーマも多いのですがついつい読んじゃいます。
夕日の写真がとってもきれいでした!
お正月料理を手作りするなんてすばらしい!!
私は主婦(?)なんですが年末年始は留守にする事を理由にここ数年作ってないものですから・・・。
by あひるのドナちゃん (2009-01-15 15:57)
あひるのドナちゃんさま
あけましておめでとうございます。
まことに勝手な記事ですいません。アタタカイお言葉、ほんとうにありがとうございます。
よい年でありますように願っています。
by morichan (2009-01-15 16:13)