April 23 学力試験 [小学校と銀行]
April 23, 2008 (Wednesday)
この日、モーリちゃんの小学校で、統一学力試験が始まった。STAR というカリフォルニア州の公立学校のすべてで行なわれるもので、教科によって学年が違ったりするけれど、2年生から11年生ぐらいまで受けるものらしい(カリフォルニア州教育局のページ http://star.cde.ca.gov/)。となると小・中・高みんなですか。
説明を見ると、Star = Standardized Testing and Reporting で、試験結果の「報告」部分が学校評価とかに直結しているようです。
途中入学して数日で、しかも英語がぜんぜんわからないのだから、モーリちゃんは受けないでいいのかな、と思っていたら、算数だけ受けることになりました。国語も理科も算数もみんな何十問もあるけれども4択式とかみたいです。3時間ぐらいかける長い試験のようなのですが、モーリちゃんは「3分の2ぐらい答えた」と言っていました。まあエライと思いましたw
それにしても学校によっては、日本みたいに、できない生徒を意図的に排除して操作するみたいなことも聞くので、受けさせてもらえたのはありがたかったと思いました。できない子を差別していないということですから。
April 7 到着2日目 [小学校と銀行]
April 07, 2008 (Monday)
朝10時にホテルまで来てもらった不動産屋さんのクルマに乗って、ふたつ候補のアパートを見てまわりました。一つ目はSunsetという住宅街の東端のLocksley Avenueという行き止まりの道にあるAvalon Sunset Towersというアパート。Avalon Sunset といってもヴァン・モリソンとは関係なく、日本にいる間にサンフランシスコのアパートを調べてわかっていたのは、Avalonグループがいろいろなアパートを買い取って、Avalonの名のもとに高級感を売りにしているらしいこと。マネージャーと一緒に1 bedroomの物件を3つ見せてもらった。十分すぎるくらいに広い。窓からはゴールデンゲート・ブリッジが見える眺めのよい部屋。Golden Gate Parkの東南端の南にSutroという山があり、その北のふもとはUniversity of California, San Franciscoだけれど、西のふもとにあたる。南側のふもとのClarendon Elementary Schoolという小学校との関係でここが候補になった。不動産屋は歩いて0.5マイルくらいとか言ってたけれど、あとでクルマでまわっていった感じでは800メートルどころじゃない、人の歩かないような山道。通学バスはあるんだよねーとか、マネージャーさんと英語で話しているのが聞こえるが、定かでない。自動車の移動だと距離感がつかめないので実際歩いてみないとわからないものだけれど、近所の店とか、小さなドラッグストア以外はJudahという大きな通りまで降りていかなければならない様子。モーリちゃんの父は、サンセットや、公園の北のRichmondは、昔古本屋回りをしたときの印象は悪くないので、まあ、Twin Peaksのこっち側に暮らすのもいいか、と思ったりもしましたが、東側の市の中心部へ出るには何回か乗り換えないと出られなそう。 2件目は、小学校でいうと、1501 O'Farrell Street にあるRosa Parks Elementary School という、やはりクラレンドンと同様に JBBP (Japanese Bilingual Bicultural Program) を実施している学校との位置関係で候補になった、Japan Town の近くの物件で、クラレンドンの小学校を見、近辺の商店街を見てからクルマで移動した。もらった図面でわかったのだけれど、南北でいうとPost StreetとSutter Streetのあいだ、東西だとSteinerとPierceのあいだの、教会といくつかの店をのぞくと1ブロックにまたがるような広いアパート群のようです。不動産屋同士の会話によると徐々に周囲を買って広げていったもののようです。
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モーリちゃんの父は、こちらのアパートの玄関ホールや受付のat homeな感じとか好きになったのでした。それでもモーリちゃんは先刻見たクラレンドン小学校の生徒たちの様子が気に入っていましたし、モーリちゃんの母はあいかわらずジャパンタウン南方、Geary Streetの南側が危険という意識が強くて、そこまで降りて行かなければという単純な割り切り方はできません。それと、市街地はやはり空気が悪くて、モリちゃんの咳が心配でもあります。結局どちらと決まらないまま、しかし、最初のアパートについてはすぐにも決まってしまうかもしれないからということで、選ぶなら、walking closetなんか要らないので、1件目のということにして、それを1日おさえてもらうことにしました。 ホテルまで送りますよ、と言われたのを、ちょっとジャパンタウンに寄っていきます、と言って断わって、3人でまたジャパンタウンに行きました。魚喜 Uokiという日系マーケットで、『SF テレフォンガイド』と何種類かの新聞をもらいました。いろいろと日本の食材があるのですが、見るだけです。店を出てすぐにカリフォルニア銀行の看板が目にとまったのでモーリちゃんの父は思い立ったように意を決して中に入って行きました。”I am a university professor coming from Japan. On my sabbatical year I have been accepted as a visiting scholar at UC Berkeley. . . . Can I open an account without social security number?” とかなんとか適当にカウンター越しにしゃべると、Yesという返事とともに、入口左のデスクの女性のほうを指示された。それがリカさんでした。リカさんは幼いころに一家でサンフランシスコで暮らし、いまも市内のアパートに住んでいる気さくでお茶目ないい人です。偶然同じ便に乗り合わせたこと、日本からサンフランシスコへくる飛行機はからだがヘンになること、小学校のこと、小切手のこと、debit cardのこと(現金がほしいときに少額のものをデビットカードで購入して釣りを手に入れるとか)、などいろいろ話しました。まだ住居も電話番号もないので、仮のものを記入して、決まり次第報告することにして、joint account で checking accountを開くことにしました。デビット・カードも頼みました。これ便利ですよ、と『月刊もん別冊 アメリカ生活情報誌―日経職業別電話帳』というのをもらいました。スーパーでもらったSFのと似たようなものですが、サンフランシスコだけでなく北カリフォルニアと範囲が広いところが違うそう。 早めの夕食をジャパンタウンの回転寿司の店で食べました。モーリちゃんは初めてカリフォルニア・ロール系の巻物を食べました。ホテルにはFillmore Streetをミュニバスで北上して、数ブロック東へ歩いて戻りました。水もないし小腹もすいたので、モーリちゃんの父は、ちょっと買い物をしてくる、8時までには帰るから、とひとりで暗くなりかけた街へ出ました。少し南へ歩くと、Union Streetという東西の通りが商店街になっていることがわかりました。酒屋はすぐに見つかったのですが、スーパーはないかとずっと歩いていくともうFillmoreで、北へあがっていくと帰りのバスから見えたスーパーがありました。そこでいろいろ悩んだあげく、パンは堅そうなのでやめて、量り売りのバナナ、ケーキのようなパンのようなものなどを買い、その前に見つけておいた酒屋まで戻ってビールとチョコとポテトチップなどを買ってモーリちゃんの父がホテルに戻ってきたときには、モーリちゃんは疲れて眠っていました。 インターネットで調べてみると、Apartment Ratings には、最初のサンセットの物件については、近所の学生がバカでうるさい、とか書かれていたりします。まあ、学校評価にしてもそうですが、インターネットでのこの種の書き込みは、かなりいい加減なものや感情的なものがあるのでしょうけれど。モーリちゃんの母は、その日途中から加わった女性スタッフから、この話は今日初めて聞いたのだけれど、バークレーだったらもっといい物件がある、と言われたのが気になっていました。クルマがないので、最初の物件だと自然の中に埋もれてしまう気がしますし、二件目は場所としては好きなのだけれど、モーリちゃんのことを考えると危険な気がします。それで、翌日に橋を渡ってサンフランシスコ湾の向こう側を見てみることにしました。
April 8 到着3日目 [小学校と銀行]
April 08, 2008 (Tuesday)
朝、前日と同じコンチネンタル・スタイルの朝食を同じ階の食堂で食べました。ゆでたまごと、コーヒーとオレンジジュースとバナナ・マフィンとシリアルと牛乳。ロシア人っぽい男の人が、ゆでたまごを一度に6つとってテーブルにいき、次々と食べだしたのにはビックリしました。それでモーリちゃんたちもいくつかおみやげにもらって帰りました。ふつうのパンがないことにモーリちゃんの父は不満なようです。
朝食後に電話をして、不動産屋さんの女性スタッフのK子さんとEl Cerrito Plaza駅で待ち合わせることになりました。大学のあるBerkeley駅のふたつ北の鉄道BARTの駅です。Bay Area Rapid Transitの頭文字をとってBART。サンフランシスコのバートの駅はBay Bridgeに近いほうから、Embarcadero、Montogomery、Powell、Civic CenterとMarket Street 沿いに並んでいます。マーケットというのは、番地の起点になる大通りです〔昔のマーケット通り〕。Van Nessという縦の大通りも当然バートの駅があると思ってバスでバンネス通りをマーケットまで降りていき、地下へもぐる入口から入ってみると、それはmuni metroという地下鉄の駅なのでしたが、そのことに最初は気が付きませんでした。『地球の歩きかた』にバートもmuniも乗れる一か月のパスが載っていたので、それを買おうと思って駅員さんに聞いて回り、一度地上へ出てチケットを売っているビルまで行って聞いたところ、結局、サンフランシスコのダウンタウンだけの範囲なのでした(後から父が考えてみるに、あたりまえです)。で、また地下に戻って乗って気づいたのがバートではないということ。それでそのままパウエルまで行って、バートにようやく乗り換えました。muniメトロだったら、muniバスのトランスファーが使えたわけで、大損でした。
バートの切符を買うのは、モーリちゃんの父は初めてじゃないはずなのに、すっかり忘れています。切符の種類と枚数を選んでから、ピンピンピンと音をたてながら1ドルか5セントを足したり引いたりして料金を設定。
電話をかけて待っていると、K子さんは娘のミーナちゃんを連れてやってきました。Albany市の物件を見にいき、そのあと、Ocean ViewとCornellという、公立の小学校を回り、Solano通りに行って、ミーナちゃんが食べたいというのでモーリちゃんとふたりで一緒に車を降りてタピオカジュースをいただきました。それからバークレーのほうへ向かって、おなかがすきませんか、ということで一緒に遅めのお昼を食べました。帰りに、ミーナちゃんがモーリちゃんにCar Washを見せたいとせがんで、洗車場へ行きました。それからうちへどうぞ、ということで山の途中にあるお宅までうかがい、いろいろと話をしました。
ミーナちゃんはOcean View小学校の5年生で、モーリちゃんのひとつ上です。モーリちゃんは一日でミーナちゃんと親しくなったし、いろいろと相談して頼れるのはありがたいことだなあ、とモーリちゃんの母も父も感じ始めていました。モーリちゃんの父は、サンフランシスコに住む夢はあきらめて、もう決めてしまえ、という気持ちになり、それなら早く手続きを、ということで、オーナーに電話をして、ちょっと異例のかたちで、明日入居の手続きをとりに夕方5時半に訪問することになりました。それまでの時間を近所のモールでとりあえず寝具の買い物をして、そこへK子さんが迎えに来てくれることになりました。 寝具はあれこれ迷ったあげく、レジに並ぼうとしたら長蛇の列で、時間にまにあいそうもないので、明日買うことにして何も買わずに店を出ることになりました。この店はRossというチェーン店で、テレビでコマーシャルを流していますが、商品が床に散らばっていたり、穴が開いた服とか、割れた食器とかが平気で並んでいる、ヘンな店です。
アメリカは契約の国だなあ、とモーリちゃんの父も母も、転居の手続きのときに感じました。4月8日付の “Residential Lease or Month-to-Month Rental Agreement (C.A.R. Form LR, Revised 1/06)”と題するA4判の文書が6ページ。”Addendum (C.A.R> Form ADM, Revised 10/01)”が1枚。さらに“Leasing Documents for Bayside Commons Condominiums” と題された55枚の文書が1冊。最後のの半分は「おみやげ」でしたが、重要な箇所を黄色いラインマーカーで示しながら説明したり、署名を求めたりしました。2時間ぐらいかかったのではないでしょうか。 Depositの現金がまにあわないというと、小切手のほうがよいので、何日か待ってくれるということになり、その場で小切手を切って、入金の連絡を後日することになりました。アパートをあとにしたのはもう8時過ぎです。近所のモールの、K子さんが、おいしいのよー、と言っていた中華料理店で食べていくことにしました。結局サンフランシスコのチャイナタウンには行っていないので、はじめての中華。 そのあとSan Pabroの通りをバートの駅と反対の方向に歩きだしてしまい、途中で道を尋ねて引き返します。不安でしたけど、ふと見上げた空には星がいっぱいでみんなで感激しました。バートからミュニメトロに乗り換えてヴァン・ネス通りに出て、ミュニ・メトロのトランスファーを手にしてバスを待ちますが、待っても待っても来ません。30分ぐらいまってようやく47番の連結バスが到着。Chestnut通りあたりでバスを降り、ひとつ下のLombardを西へ歩いてMarina Innに戻りました。長い一日でした。
テレビをつけるとチベット問題でリチャード・ギアがサンフランシスコに来ているというニュースをやっていました。あー、これで混んでいたのかな、とそのときは疲れた頭でのんびり考えていたのでした。
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BARTのホームページ <http://www.bart.gov/>
April 14 小学校と大学と銀行と郵便局と [小学校と銀行]
April 14, 2008 (Monday)
この日、お昼前の11時ごろにアパートを出発して、3人でまずSolano通りの途中の横丁にある、この地域の小学校を管轄する事務所を訪れました。奥の部屋に案内されて、タイトルをモーリちゃんの父は忘れてしまったけれど、ひとつ署名して文書を提出し(たぶんこの学区に確かに住んでいるという宣誓書みたいなものだったのじゃないかと思います)、さらに持ち帰って記入するようにと3つformをもらいました。
それからソラノ通りを歩いていって、まずCiti Bankに寄ってお金をおろし、それから50mほど先のCalifornia Bankに寄りました。やはり日本人の行員がいて、親切にいろいろと教えてくれました。それから郵便局に入ると、行列ができていて、でもよく見ると切手の自動販売機があります。それで、liberty bellの図柄の1st classの切手帳1冊20枚と、2セント切手を10枚、それと26セントの切手帳1冊10枚を買いました。おつりが重たい1ドル硬貨でガラガラと出てきてうれしくなりました(イギリスの1ポンド硬貨ほどじゃないけど)。
それから3人でバスに乗ってUCバークレーの大学へ行きました。モーリちゃんは大学をぐるっとまわるバスから見える建物などの景色が好きになりました。モーリちゃんの父の身分証明書をもらいにCal 1のオフィスに行ったのですが、コンピューターに仮の番号を入れると名前は出てくるものの、まだfeeが払われていないと言われてしまいました。「いや、払った。」 「いつ?」 「金曜日。」 「土日を引いて2 business days かかるからまだなのね。また来てみて。電話で確認もできるし。」 「しょぼーん。」
あきらめて、Telegraph通りに行く。本屋のCody'sが閉店してビルがfor saleになっているのでちょっとショックをモーリちゃんの父は受けました。そのすぐ先のMoe'sという大きな古本屋に入ります。モーリちゃんとモーリちゃんの母は、下の、児童書も置いてあるフロアーにいることにしてモリちゃんの父は2階の文学書と3階の哲学・思想書をぶらぶらと見ました。Edgar Saltusの持っていない本を1冊と、階下で合流してからマザーグースの絵入り本を買いました。
ようやく切手が手に入ったので、モーリちゃんの父の勤め先の事務へ、パスポートのコピーを送ることができました。
April 15 大学と小学 [小学校と銀行]
April 15, 2008 (Tuesday)
この日、モーリちゃんの父は大学へ来るようにと前の金曜日にメアリさんには言われていたのだけれど、Cal 1 カードができてないのに行ってもしょうがないなあとモーリちゃんの父は考えて、朝メールを書きました。インターネットが前日ようやくつながったので、連絡が楽になりました。電話はどうも苦手ですし。
Dear Mary,
Thanks a lot for your kind reception on last Friday, indeed.
We went to the Cal 1 photo place after we parted, but the stuff told us to come on Monday. I visited the place yesterday, but I was told that the fee had not been paid yet. I said I had paid last Friday, in vain. She (another stuff) said it generally takes two business days to process and told me to come again.
Reading again the page http://vspa.berkeley.edu/vsprocess.html#fee I remembered it was plainly stated “72 HOURS AFTER PAYMENT HAS BEEN MADE for acquisition of Cal Photo ID Card.” I do not understand the whole process very well, but you wrote in the previous mail that “Once the id has been created, it takes approx 72hrs to get into our system.” I am uncertain if they state the same thing.
You told me to come next Tuesday (that is, today) to get a token number. But apparently the process has not reached that point, I am afraid. Tomorrow afternoon from 2 to 4 p.m. I am to attend a Scholar Information Meeting at the International House, and besides we would like to spend today on the matter of our daughter’s enrollment to our neighborhood school. Can we come to your office tomorrow, not today?
PS. I am sorry I forgot about the cost of the FedEx package. I will surely bring it tomorrow.
すぐにメーリさんから返事がきた。――あしたがいいわ。IDは問題ないはず。そうです。72時間必要です。take care――
ということで、モーリちゃんの小学校入学用の文書の作成にかかります。午後2時に3人で再び昨日と同じ道をたどってAlbany Unified School District Administrative Offices (904 Talbot Avenue, Albany, CA 94706-2093)へ。アルバニーには公立の小学校は三つしかないのだけれど、とにかくOcean View に入れてもらおうと、一つだけしか書かなかったら、やっぱりもう一つ希望を書けと言われてしまいました。それで2つ目にCornellをあげておきました。車がないこととかセツセツと訴える文章を書き入れ、口頭でも話したのですけれど。
ソラノの空とサクラみたいな街路樹
この日の夕方、モリちゃんはミナちゃんの家にモリちゃんの母と一緒に誘われて出かけました。
April 17 小学校初日 [小学校と銀行]
April 17, 2008 (Thursday)
早起きして、7時40分過ぎに3人でモーリちゃんの小学校に向かって歩き出しました。家は、アルバニー山とサンフランシスコ湾のあいだの通りにあるのですけれど、ずっと南のほうへ歩いて行って、20分ちょっと、小学校の裏はUniversity Villageという、最近住宅地として整備がなされている地域で、ふつうの人も住んでいますけれど、UCバークレー関係の人も多く住んでいて、バスは小学校の前を通って大学村を抜けて進んでいきます。バスで行ってもよいのですけれど、時間が不確かですし、お金もかかりますから(大人が1.75ドル、子供が85セント)、歩いて行きます。
受付というか、事務所の窓口で、新入生だと告げると、名前を覚えていてくれて、あ、この人が昨日留守電をくれた人なのかしら、と思いましたが、違いました。でも途中入学の日本人ということで情報は伝わっていたようです。そこでまたモーリちゃんの父は書類をいくつも渡されて、書くように指示されました。それと、お昼はどうしますか? と訊かれたので、あー、やっぱりすぐ帰るのではなくて昼過ぎまで初日からいるのだなあ、とわかりましたが、3ドルを払ってランチをもらうことにしました。
それから年配の、英語のわからない子に英語を教える先生がやってきて、挨拶をし、そのあと、電話をして担任の先生がやってきました。マクダニエル先生という、名前からするとアイルランド系の女性で、さっそく教室を案内してもらうことになり、モーリちゃんの父は文書の記入途中だったのですけれど、電話中の女性にジェスチャーでアピールして、借りていたボールペンと台をデスクに置いて、モリちゃんとモーリちゃんの母とマクダニエル先生のあとを追いました。
教室は大きくて、明るい部屋でした。立ち話でいろいろとうかがったのですが、ランチを持ってくる子は半分くらいとか、ランチは外で食べるとか、教室にトイレがあって自由に行けるとか、実は先生も知らなかったのだれど日本語が話せるニッキちゃんという子がいるので彼女にヘルプしてもらうつもりだとか。モーリちゃんは3人が何をしゃべっているのか全然わからなかったし、ぜんぜん見慣れない空間だったので、だんだん不安だけが募ってきます。みんないま校庭で遊んでいるから行きますか? と訊かれましたが行きませんでした。マクダニエル先生は "She is very timid." と言いましたが、自分も子供のころ同じような体験があって、自分も内気で臆病だったの、と言いました。それから今度は、そのうち図書室で朗読の時間になるから行きますか? と訊かれて、最初は行かない、と言ったのですが、そこへ2,3人生徒がやってきて、紹介されました。それで、なんとなく行くことになったのですが、図書室の奥で、別の先生が本を読んでいるのを座って子供たちが聞いているのでした。モーリちゃんも行く? と促されたのですが、なんだかぜんぜんわからなくて、モーリちゃんは涙が出てしまいました。マクダニエル先生はモーリちゃんの肩を抱いてはげましてくれました。
モーリちゃんは、モーリちゃんの父はもう帰って、と言うので、モーリちゃんの父はふたりを残して帰りました。どこから出たらいいのか迷っていると、クラスのアシスタントのアフロヘアの女性が、案内しくてくれました。モーリちゃんは英語がぜんぜんわからないんです、と言うと、心配することはないです。きっとじきに話せるようになりますよ、と言ってくれました。
モーリちゃんの父は、なぜか帰り道を間違えて、山の裏のほうへ行ってしまったので、そのまま反対側のサンパブロ通りに出て、朝早くから開いているBarnes and Noble書店に入って、ぶらぶらと見てまわりました。奥に子供の本がたくさんあるコーナーがあるのが目を引きました。カリフォルニアの古本屋の本があるかと思って探しましたがありませんでした。聖書を買おうかな、と思っていろいろ見ましたが、結局買いませんでした。従軍用の聖書というのがあって、まあ、昔からNavy HymnとかArmy Hymnとか、讃美歌集はあるのは知っていましたが、聖書本体もあったのは知りませんでした(あって当然ですけれど)。これが高いんですね。ハードなつくりになっているのかしら。
10時過ぎにモーリちゃんの父はアパートに戻りましたが、ほどなくしてモリちゃんの母も帰ってきました。途中で運動になって、もういいから、とモーリちゃんが言ったのでした。それでモーリちゃんはモーリちゃんの母が迎えに行く15時5分まで、他の子たちと一緒に初日を過ごしたのでした。
あ、銀行の話がない~w
May 14 口座 account [小学校と銀行]
May 14, 2008 (Wednesday)
Mちゃんが小学校に入って翌週にPicture Dayというのがあって、前もって選んだポーズで書き割りの前に佇む写真が撮られた。できあがったのの注文書が来ていたのを、忘れていたわ、とMちゃんの母に見せられた。5種類の写真が既に現像されていて(元は同じ写真を、二分割、四分割、九分割、それとラミネートしたプラスチックの板の5種)、要らないのを返し、取ったぶんの代金を払うという仕組みで、買う枚数を増やすとどんどん割引率が増えていく。いっぽうDO NOT COPYと注意書きもありました。とりあえずscanしてパソコンに保存。あとは8月までWebからも追加注文できるそうなので、珍しいプラスチックのだけにしました、13ドル。支払いはチェックとかクレジットカードとかいろいろあったのですが、現金でいいよね、と10ドル札がなかったので細かい紙幣を掻き集めて封筒に入れてもたせました。
それがおとといのこと。それからMちゃんとMちゃんの父が撮りまくっている写真のパソコン内での重さが話題になり(話題にされ(話題にし))、外付けハードディスクを買うことをMちゃんの父は提案しました。ほんとは高いのがよいのだろうけれど、最低限ファンが付いていて熱でイカレテしまわないもの、ということでアマゾンで選んだのが、Western Digital 500GB My Book Essential 2.0 - USB 2.0 External Hard Drive WDH1U5000N list Price: $169.99 Price: $99.99 & eligible for free shipping with Amazon Prime You Save: $70.00 (41%) というやつ。ほんとかどうかわからないが、これのolder modelということになっているWDG1U5000 が $349.99 で同時に売られています(同じクウォリティだったら間違えて買ったら泣くに泣けないっす)。
さて、今朝ふたたび購入の許可を求めたところ、いいけど日本のクレジットカードだとお金がかかるからアメリカの銀行から落とせないの、ということで内職のかたわら調べました。まずdebit card は通販に使えるか。Visa Debit――OK。でアマゾンに行って支払い方法の変更をしようとしたところ修正か削除しかなくて追加がない~!そのとき初めて気づいたのですが、支払いカードに同じカード会社のが2枚並んでいます。ひとつは2005年に有効期限が来ていたのが、どうやらかつての古本屋のカード番号流出事件の際に巻き込まれて番号を直したので残っていたようです。それは削除してもいいと思ったので、削除してみました。でも一つになっただけです。Addすることができない。ここで悩みました。支払いができなくなったらどうする? 1万円ぐらいの買物じゃたいして変わらないんじゃないの。
HDDとDVDのディスク100枚で合計124.98ドル。これがアマゾンの日本円換算では13,626円と出ています。紙と鉛筆で計算です。13626÷124.98=109.02544407105136821891502640422円 え゛~、高いなあ! たぶんこれにカード会社の手数料がつくはず・・・・・・。よしやってみるしかない。
削除したら新しいのを要求されるかと思ったら、 「あなたには現在支払い方法がありません」・・・・・・というと言い過ぎですが、なんかそんなような表現が出てきて、ヒエ~!と思ったのですが、冷静になって、helpの支払い方法についてのページのトピックスの索引にaccountと入れてみました。すると偶然「チェッキング・アカウントから直接支払う」という見出しのページがありました。
Pay Directly from Your Checking Account
If you have an ACH-enabled U.S. checking account, you can pay online for goods and services purchased on Amazon.com without having to mail in a physical check. The option to "Pay directly from your checking account" will be presented as a payment option during the checkout process if you place your order through the Shopping Cart.
Click the links below to read more about paying directly from your checking account.
Getting started:
- What information do I need to provide?
- What is ACH?
- Is it safe to enter my checking account information online?
- Can I provide my checking account details over the phone?
- Can I use any bank account? Can I use a company account, or an account at a U.S. branch of a foreign bank?
- Can I use my Amazon Associate or Marketplace seller bank account to pay directly from my bank account?
Making purchases:
- What are the advantages of using this option instead of paper checks or credit/debit cards?
- Which items can I purchase with this payment method?
- Can I use 1-Click ordering and pay from my checking account?
- When is my account charged?
- What can I do if my payment is not authorized?
- What happens if the transaction fails after my order has shipped?
- What happens if I return an item or cancel an order?
- Can I use a credit card or gift card in combination with paying directly from my checking account?
What information do I need to provide?
In order to use "Pay directly from your checking account" as a payment option, you will be asked to supply:
- the bank routing number (also known as the ABA code)
- the account number (the account must be an ACH-enabled checking account at a bank branch located in the U.S.; if you're unsure whether your account is ACH-enabled, please contact your bank)
- the name and the address of the principal account holder
- the principal account holder's valid U.S. driver's license number (or state-issued ID number) and the issuing state
Routing numbers are always 9 digits long. Account numbers may be up to 17 digits long. Some banks list the routing number first on the check, while other banks list the account number first. Below are examples of both types of checks:
We do not need a check number; Amazon.com will debit your checking account electronically and the bank does not require a check number for such transactions.
よし、これならカリフォルニアバンクのチェッキング・アカウントでだいじょうぶ、買物カートから支払いに進むと、あ案の定支払い方法がでてきました。もっとも、「これまで送ったことのない住所への配送なので、支払い情報を再度入れなおす必要があります。でも心配することはありません。あなたの情報はアマゾンのファイルにありますから。」みたいな文章のあとにようやく新たな支払い方法の設定ができたのでした(やはり、というか、その前の画面かどこかで、小切手とか、現金引き渡しみたいな、見たことのないオプションも見られましたが)。
最初のところで、"ACH-enabled U.S. checking accout"をお持ちなら、と言っていますが、パラフレーズすると "automated-clearing-house ("ACH") enabled bank account at a United States-based financial institution" ということだと思います(パラフレーズせんでもええがな)。最後のところで動詞のdebitを使って "debit your checking account electronially" と書いてあるように、debitなんですね、これも。
Terms and Conditions for Payments from a Bank Account という9項目に渡る文章に合意しないとダメなんですけど、たぶんだいじょぶかなあ、ぐらいの速読で先へ進んで、読みづらい数字を読み、名前などとともに書き込んでクリックしたところ、一点ひっかかって、 "slight error"がある、と出てしまいました。それは自動車のライセンスナンバーの欄だったのですが、入国のほうのビザ文書で覚えたワザでNA (N/A not available) と書きいれ、州はCAを選んで、でも再び一から番号を入れなおして再送したらOKでした。
帰ってきたMちゃんたちに報告しました。「じゃあ、なるべくこれからはDCカードを使わないように。」 「いや、もうアマゾンから情報は落としちゃったよ。命懸けだったんだ」 「じゃあ、これからは言ってね」 「・・・・・・」 「ぜったい全部言ってね。全部が買えるとは限らないけど」 「・・・・・・」 「入れとかないと大変なことになるから」 「・・・・・・」
May 14 口座 account (つづき) [小学校と銀行]
May 14, 2008 (Wednesday)
Mちゃんの父は、MちゃんとMちゃんの母にネットでの買物をけん制されながらも、ひとしごとやったという充実感をもちながら夕食前のおつまみ用腸詰など焼いていたのですが、メールをチェックしたら、アマゾンから "Important Notice" で始まる題のメールが届いていました。
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Regarding Order 1○4-668○569-1249○●● from Amazon.com
1 of TDK DVD+R47FCB100 Single-Sided 16x DVD+R (100-Pack Spindle)
1 of Western Digital 500GB My Book Essential 2.0 - USB 2.0 External Hard Drive WDH1U5000N
Greetings from Amazon.com,
We're sorry, but payment from your bank account was not authorized and thus we are unable to process your order (#1●4-668●569-1249●○○).
This determination was based on information provided by TeleCheck Services, Inc. ("TeleCheck"). To protect your privacy, TeleCheck did not provide any financial information to Amazon.com during the authorization process.
We will need to receive valid payment information from you within 3 days, otherwise your order will be canceled.
Follow these steps to submit your new or updated payment information for this order:
1. Go to our home page (www.amazon.com) then click "Your Account" on the top right menu.
2. Choose the option "Change payment method" (found under "View by Order"
in the "Where's My Stuff" box).
3. After you sign in, you will see all your current open orders. You can click the "View or change order" button beside any order and make changes.
4. Click "Change" button in the "Payment Information" box beside "Payment Method." At this point, you may review your current payment method, choose a different payment method, or enter a new one.
You have the right under the Fair Credit Reporting Act to know the information TeleCheck used to make a determination regarding your bank account. If you find that any information TeleCheck used in its decision is inaccurate or incomplete, you have a right to dispute it with TeleCheck.
You may call TeleCheck toll free at 800-366-2425, or write to TeleCheck Services, Inc., P.O. Box 4513, Houston, TX 77210-4513.
If you contact TeleCheck, please provide the following information so they can respond promptly to your request:
* Full Name * Driver's License Number and State
* Current Address * Home Telephone Number
* Date Declined * Date of Birth
* Dollar Amount * Social Security Number
* Check/Draft/Transfer Number * Merchant Name
* Checking Account Number * Name of Financial Institution
We hope that you are able to resolve this issue promptly.
Thank you for shopping at Amazon.com.
Amazon.com Customer Service
ttp://www.amazon.com
Please note: This e-mail was sent from a notification-only address that cannot accept incoming e-mail. Please do not reply to this message.
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TeleCheck Services なる会社のご注進により、貴殿の銀行口座からの引き落としは認められないこととなった。別の支払い方法を提示願います。3日待ちますよ。プライヴァシー保護により、理由は不明。ただし異議を申し立てる権利はある、その場合は以下の情報を(のなかに免許証番号だけでなくソーシャル・セキュリティー・ナンバーも並んでいます)。迅速な解決を期待します。というような内容です。
指示に従ってページを開きます。
Important Message
We have experienced a problem with the payment processing. To proceed with your order please do one of the following:
* Choose an alternate payment method from your account.
* Enter a new bank account.
Click to continue.
クリック。
Retry bank card
それから
Choose a different paying method
という見出しでいくつか並んでいて、一番下はCheck or money order ですが、その下のconfirmボタンの下に "You can also choose also to pay by check or money order (why this takes longer). After you click Confirm, you'll be given the address where you can send your check." と注記されています(なんかalso, also とうるさい感じ)。まあ、チェックでもいいよな、と、それでも理由をクリックしてみます。1箇月フリートライしているアマゾンプライムがきかなかったらもともこもないですし。でも "why this takes longer" は、理由を示すページにつながりませんでした。
しゃあないじゃん。ということでもう1回help topicsを見てまわります。すると、 “debit card” で検索すると “Can I use a debit card or check card?” という質問が出てきました。
クリックするとそのページは直接の答ではなくて、Search Results for "debit card"、下にCredit Cards & Check Cards、さらに下に “If you're paying with a Visa Check Card, please select Visa from the drop-down menu on the order form. Similarly, if you're paying with a EuroCard or MasterMoney Card, select MasterCard.” と書かれているのでした。なんだよ~。debit card はcredit cardとは別カテゴリーなんではないのですかー。と、ともかく成功しました。
Important MessagesYou have successfully changed the payment method for items listed as "Not Yet Shipped". The new payment method is marked in red below.
You have successfully changed the billing address for this order. The new address is marked in red below.
と出ました。またメールが来なければセーフだと思います。あー、疲れた。
May 19 小切手とぺイパル PayPal [小学校と銀行]
May 19, 2008 (Monday)
今日、カリフォルニア銀行からApril 14 についで2度目の明細 Statement of Accounts が届いた。日本町の支店のほうから。"Summary of Account Balance" と "Regular Checking" の記述のまえに網がけで "Effective May 7, 2008, the daily ATM withdrawal limit for Money Cards and Visa® Check Cards is increased to $1,000. If you have any questions, please contact your branch." と注記されている。一日のATMでの引き落とし限度額が1000ドルにあがります(した)、って自分の金じゃい。しかし、一般的にはアメリカの銀行はもっと低かったのではないかと思います(ちょっと確認してみますが、カリフォルニアバンクの場合、日本人の顧客を考えてのことかも)。
で、Paypalの確認用の少額depositの額がようやくわかったので、PayPalのページへ行って引き落とし口座のverificationができました。結局カリフォルニア銀行のチェッキング・アカウントからAmazonとか(あと、Amazonの情報をそのまま流用できるTargetも)の引き落としはできるようになったわけですが、ネット上のeBay (2002年から親会社なわけですけど)とか、古本屋とか、PayPalがあると便利だろうなあと4月に申し込んでいたのでした。クレジットカードの情報を直接やりとりせずにすむ、小切手を送る手間もない、ということで、アメリカではけっこうネットの取り引きに使われていることは知っていました。ところが、第一に、やっぱり日本のクレジットカードのままだと日本にbilling addressがあるのでハネられました。そもそも日本で入れるPayPalのサービスは日本の住所や郵便番号を書き込むフォーマットになっています。、第二に、すぐに利用可能とならず指定の口座に2回ごく少額を入れるからその額を記入して本人確認を行う、というのでした(銀行引き落としじゃなくてクレジットカードを使う場合には、クレジットカードから少額2回にわたって落とした額を記述するというのだったと思います)。ちょっと日本ではやっていないかたちのセキュリティー・チェックです。電話をかけて聞けということなんですけど、銀行に電話をかけて聞き出す自信がなかったのと電話は嫌いなので、じっと我慢して忘れていました。
今回、めでたくシールをもらえました。
Official PayPal Seal |
As a Verified Member of PayPal, you can proudly display the PayPal Seal on your website or auctions.
略
もうひとつ今回の明細で目に留まったのは、月末の "Check Printing Fee" 16.75ドル也です。Harland Clarke ™ と名前の入った箱に入った小切手帳が送られてきていたのですけれど、そして確かに、最初にもらったのは仮のもので、名前と住所が入ったものを送りますね、と言われてはいたのですが、けっこう高いのね。たまたま小切手帳のチラシが入ってきたことがあって、なるほどこだわりがあるんだなあ、とか、あ、同じだ、とか思ったりしたのですが、それが売られているわけですから、印刷代というだけじゃないんでしょうね。つまり、印刷代という名目で小切手帳の代金も入っているのでしょうね。 PayPalはカリフォルニア州Pal Altoで1998年に創立されますが、現在は同じカリフォルニアのSan Jose の親会社のeBayの建物の中に本部があるのだそうです。(PayPal - Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/PayPal>)
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May 20 pediculosis capitis head lice [小学校と銀行]
May 20, 2008 (Tuesday)
この日、モーリちゃんが小学校からA4判の黄色い紙をもらって帰ってきた(だいたい連絡は色つきのA4の紙できます)。 "DATE:" に手書きの日付のあと、"To: Parents of Classroom Number ________ ” の下線部も手書きで学級と担任名が記されていて、"From: 校長から"、そして"SUBJ: Case of pediculosis Capitis (Head Lice)" と頭にあった。5段落からなる本文は、お子さんの教室で pediculosis capitis (head lice) 頭ジラミの症例が発見された。他の児童との頻繁な接触によって急速に学校で広がる可能性がある。これは "being unsanitary" 不衛生ということとは無関係で、毎年アメリカ合衆国の2ないし3百万人が頭ジラミをgetすると推計されている。お子さんの頭髪と頭皮を頻繁にチェックすることで問題を鎮静化する助けになります。頭ジラミの最も一般的な兆候は、頭皮の激しいかゆみです。灰色もしくは茶色のシラミ(虫)自体はなかなか目に見えませんが、目を近づけて調べてみると、小さな灰白色もしくは茶色がかった白色の、シラミが植え付けた涙型の卵(nits)が、"can ben found firmly attached to the hair shaft (unlike dandruff/dry scalp which flakes off easily)" 見つかります。だいたい首筋や耳のまわりに見つかることが多く、また、頭皮のうえに直接植えつけられているのではない。云々〔中略〕 頭ジラミが見つかった生徒は、適切な治療がすむまで学校には来られません。Children must be nit free before they can return to school. お子さんが頭ジラミをもっていると疑ったら、学校に知らせてください。・・・・・・学校はこのnuisanceが広まるのを防ぐために可能なあらゆるてだてを行ないますのでご安心ください。
みたいな文章でした。文章がもともとあるものなのかどうかわかりませんが、アメリカではけっこう頭ジラミ(毛虱はともかく)が発生するようです。モーリちゃんの父は、頭がかゆかったので不安になり、ひさしぶりに全身くまなく清浄にしました。ポリポリ。
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"Managing Head Lice Safely" <http://lancaster.unl.edu/pest/lice/headlice018.shtml> 〔University of Nebraska-Lincoln, UNL Extension in Lancaster County のページの一部〕
"Entomology Image Gallery" <http://www.ent.iastate.edu/imagegal/phthiraptera/default.html> 〔Iowa State University〕
Two head lice with dime 〔10セント硬貨 17.91 mm (0.705 インチ)〕 for size comparison
June 1 ロリポップ lollipop [小学校と銀行]
June 01, 2008 (Sunday)
先週の前半に出たモーリちゃんの小学校の課題で、"Bridge Building Cotest" というのがあって、おかあさんとやる、というから数日間は手を出さず、結果なにも進展しないまますぎたのですが、今朝になって、結局おとうさんに今日はずっと見てもらう、ということを、いつもよりちょっと遅く起きてきたモーリちゃんにモーリちゃんの父は言明されました。lollipop (アイスキャンディーの棒)を使って、長さ最低12インチの橋を、組み立てにはボンドだけ使って工作しろとのことです。
今回の指令↓
棒は無地が50本、カラーが6色×8本+1(なぜかムラサキだけ9本あった)で計98本入っていましたが、モーリちゃんが記念に色が塗ってあるのは1本ずつ欲しいというので使えるのが93本。棒は10cmちょっとあったので、3本並べれば、12インチの長さはクリアーです。ルールの3に、中央部におもしを吊るして強度を試す、とあるのが、最初に読んだときから気になっていたので、ちょっとズルをしてネットで調べてみました。最初日本語で調べていたのですが、小学校でストローで橋をつくる授業とか、つまようじブリッジとか、工業大学が高校と連携してバルサブリッジをつくる授業とかぐらいしかなかなか見つかりません。ただ、どうも橋づくりの一つの基本的な考え方に三角形を組み合わせする「トラス」構造というのがあるらしいことはわかりました。もちろん本当はつなぎ目が固まっていないところがミソなのでしょうが、そして「比較すべき構造概念として、部材を剛接合したラーメン (骨組)、部材を線ではなく面ととらえる壁式構造、曲げモーメントを圧縮力に変換するアーチ構造等が挙げられる。」となると、ボンドの接合はラーメンになってしまうのかもしれませんが、ラーメンというと学生のころに神田神保町の古本屋街でときどき「ラーメンなんとか」いう題の専門書を見た記憶がよみがえると同時に、ラーメン食べたい♪と思いますが、それはともかく工学の話はよくわからないのですが、アーチの橋へのあこがれはあるものの、まず無理だろうと(組立て的にと耐久的に)思ったので、三角でいくべ、と決定しました。
さて、英語でlollipop は "popsicle" とも呼ぶことがわかりました。英和辞典には大文字で≪商標≫として「ポプシクル 《棒にさしたアイスキャンディー》」(『リーダーズ英和辞典』)と説明がありますが、普通名詞化しちゃっているようです。それで、popsicle, bridge でぐぐると、You Tube にけっこう投稿があって、どうやら下は小学校から上はおじいいさん、おばあさんまで(途中にたとえば20000本のpopsicle sticks made in China を注文するおにいさん)、みんなで作っている感じです(いくつか見たところ、カナダやニュージーランドでも "popsicle bridge" づくりが授業やコンクールで行なわれているようです。そのなかからいくつか――
”Popsicle Stick Bridge Testing" 〔高校生男子グループのビデオ。なんかほのぼのする、というか、途中出てくる女子のなにげないしぐさや表情とか、日本と似た教室の雰囲気がよいです。〕
”Mr Pannings Class Bridge Competition" 〔上のビデオにレスポンドしていた別の高校生のビデオ〕
"Will Laura's Bridge Break?" 〔これは小学校だと思います。壊れるところまではやらない。〕
"Dylan Johnson's Physics Popsicle Stick Bridge" 〔下に吊るすんじゃなくて上から重量をかけるタイプ〕
”Popsicle Stick Bridge Building Contest March 4 2007" 〔なんかおもりじゃない細かい計測の様子、を含むプライヴェト・ビデオ〕
どうも、子供はともかく、だいたいは壊れるところまでやるようです。 どうやら重さに耐えることが主眼になっている様子。日本の人たちの感じだと、「橋の模型製作を通じて、強さ、軽さ、美しさという相反する複数目的のバランスを追求する論理的思考訓練、ものづくりの難しさと楽しさの経験、グループ活動での協力、分担、自己主張の体験等、複合的学習効果が挙げられます。 」(http://spp.jst.go.jp/example/jirei_10.html)〔「SPP/理数系教員指導力向上研修:取り組み事例集 「教育連携講座 工学体験実習~バルサブリッジ・コンテスト~」〕と、「美」にも力点が置かれていて、それは橋づくりの専門家はどこの国の人でもそういうのってあると思うのですが。
いまはオモシをして土台部分を固めていて、橋の横の部分は左右とも作ったので、固まったところでどうやって接着面が小さい底と側面をくっつけるか・・・・・・飯でもくって考えよー。
reference URL:
「つまようじブリッジ工作」 <http://homepage3.nifty.com/hakuyoukai/hp/> 〔姫路飾西高校自然科学探究(山本班)〕 第11回つまようじブリッジコンテスト優勝・・・・・・日本はつまようじが主流なのね。
「トラス橋 - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9%E6%A9%8B>〔「トラスきょう」と読みます〕
"Truss bridge - Wikipedia, the free encyclopedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Truss_bridge>
”Building a Popsicle-Stick Bridge" <http://andrew.triumf.ca/andrew/popsicle-bridge/> 〔Andrew Daviel さんがルール設定とともにむつかしい構造分析をしているページ〕
"What is the best design for this type of popsicle bridge? - Yahoo!7 Answers" <http://au.answers.yahoo.com/question/index?qid=20071112035330AAlMXsr> 〔日本にもあるような質問ページ。best answer は"My friend, you will want to build what is known as a truss bridge..." ではじまり、Wikipadiaを参照し、"Gorilla Glue" というボンドがいい、とか教示しています。〕
”Provincial Popsicle Stick Bridge Junior High School Challenge" <http://www.apens.ns.ca/News&Events/NEW%202007/Event%20Info/Bridge%20Comp%20page.htm> 〔中学校のコンテストの記録アルバム〕
"Winston Science - Popsicle Stick Suspension Bridge Competition" <http://www.winstonscience.org/wsci/events/suspension.shtml> 〔テキサス州ダラスのWinston School のページ。目的は "to give students a Civil Engineering experience through the construction of a popsicle stick suspension bridge" とあります。〕
”The Effect of Bridge Design on Weight Bearing Capacity" <http://www.sciencebuddies.org/science-fair-projects/project_ideas/CE_p011.shtm> 〔Science Buddies (Free Science Fair Project Ideas, Answers, & Tools for Serious Students の”scient fair project ideas" のページ。ねらいは"to investigate which type of bridge has the greatest weight bearing capacity." different bridge types の例として "plank," "arch," "truss," "suspension" を挙げ、問いと文献表を出したうえで、実験材料としてはバルサ、popsicle sticks、コーヒーかきまぜ棒、toothpicks、それと"white glue" とハカリを並べてます、つまようじもありなんですね。だいたいやられているコンテストだって耐重量が中心みたいなんですが。〕
May 2 長い一日(つづき) こどもの劇をみてカリフォルニアの歴史に思いをはせるの巻 [小学校と銀行]
May 02, 2008 (Friday)
今日(この日)は午後2時から、“Spring Festival” の一環(かどうかよくわからなかったのですが)4th grade の劇があるので、モーリちゃんの父も観に行くことにした、来ないでいいよと言われたけれど。モーリちゃんが小学校に入ったときには既に劇の練習が始まっていたのだが、モーリちゃんも役を与えられ、何度かリハーサルにも参加したらしい。ただしセリフはない。全員の合唱はあるらしい。夫婦の役なのだけれど、どういう役かわかっていなかったようで、この間の練習で、ある男の子(彼はしばらく親の実家かどっかにいっていて、最近戻ってきたのだが、先生が言うには彼もshyだからモーリちゃんと合うだろうということだった)がモーリちゃんの横にずっとくっついてくるので、なんだろう、と思っていたら、それが旦那だった。
モーリちゃんの母は近所のお母さんと一緒に行くというので、モーリちゃんの父は、自転車に乗って行くことにした。この自転車はブレーキがハンドルについておらず、足でペダルを逆転させて後輪にだけブレーキがかかる旧式の自転車だが、タイヤはマウンテンバイクみたいにぶっとい。タイヤはやはり細いほうが平地の走行にはラクだと思った。ともかく、左側走行は避けたので、ときどきは降りて押して進み、いつも学校前の信号のところにいる交通整理の黒人のおばさんに挨拶して、小学校の自転車置き場に自転車をぐるぐると鍵をまわしてとめた。
入口のところで、少年に「体育館てどこか知ってる?」と聞いたが、返事がない。「ほれ、運動するところ。」 「知ってるよ。」 「どこ?」 「知らない。」 どうやら新入りの子が親に連れられてきたところらしい。中庭のほうをうかがうと人の流れらしいものが見えたので、そちらに行ってみると違った。が、またあたりを見るとそれらしい建物があったので入ると、最後のリハーサルの終わるところだったようで、入れ違いに子供たちが出て行った。4, 5 人のおとな(男はひとりだけ)がパイプ椅子を並べていたので、荷物を置いて手伝った。椅子を並べおわったところで、右手の後ろ側に座って時計を見るともう2時になるところだ。やっぱりのんびりしているのかしら。ふと左を振り返ると、ヒスパニック系に見える男が重い机を奥から引きずっている。走っていって手伝ってあげた。あとでわかったのだが、この人はカメラマンで、机の上で写真を撮っていた。
(後先)
芝居は、3クラスに分かれていたのだが、いずれもカリフォルニアにやってきて夢を求める人たちみたいなものだったようだが、はっきりいってよく聞き取れなかった。ともかくいずれも「おお、スザンナ」の節で「オー、カリフォーニア♪」を合唱して終わるのであった。
アルバニーは出てこず、もっぱらサンフランシスコが舞台となっていたらしいのは史実が元にあるのだろうか。やっぱりゴールドラッシュとアメリカの夢ですね。ここで歴史を少しヒモトクと、えーと、アメリカとメキシコの戦争―the Mexican War = the Mexican American War = the North American Invasion of Mexico―が起こったのが1846年。そのメキシコはスペインから1821年に独立したばかりで政情不安定です。えーと、子供向けのウェブ百科から引いときます。――
Mexican-American War
The Mexican-American War was a war fought between the United States and Mexico between 1846 and 1848. It is also called the the US-Mexico War. In the USA it is also known as the Mexican War; in Mexico it is also known as the North American Invasion of Mexico, the United States War Against Mexico, and the War of Northern Agression (this last name more commonly used in the USA to refer to the American Civil War).
The war grew out of the Mexican conflict with Texas. After having won its independence from Mexico in 1836, the Republic of Texas was annexed by the United States in 1845; however, the Mexican government still considered Texas a part of their country. That same year the United States government offended Mexico by offering to purchase California and New Mexico from them.
The war began in April 24, 1846 when Mexican cavalry entered an area claimed by both the US and Mexico, between the rivers Rio Grande and Nueces[?], and surrounded a US scouting party under General Zachary Taylor; several were killed. The United States declared war on Mexico on May 13th after battles at Palo Alto and Resaca de la Palma. In 1846 American forces took several cities in California including (temporarily) Los Angeles. The Battle of Monterrey took place in September of 1846. February 22, 1847 saw the battle of Buena Vista[?] where General Taylor defeated the Mexicans under Antonio Lopez de Santa Anna, securing the conquest of California and New Mexico. The battles of Vera Cruz[?], Cerro Gordo[?], and then the Battle of Chapultepec (on the outskirts of Mexico City) followed as the U.S army under General Winfield Scott drove into the heart of Mexico (his invasion started on March 9, 1847).
The Treaty of Cahuenga, signed on January 13, 1847 ended the fighting in Calfornia, while the Treaty of Guadalupe Hidalgo was signed on February 2, 1848 and ended the War and gave the U.S. undisputed control of Texas as well as California and most of Arizona and New Mexico. [. . .] (Kids.Net.Au – Encyclopedia > Mexican American War)
メキシコから独立したテキサスを併合したアメリカが、いわゆる「マニフェスト・デスティニー」を唱えて、今日にまでつづく侵略ないし領土拡大をおもてだって打ち出したはじまりのころです。かねてメキシコとのあいだで主張がずれていた国境に出兵して戦争となります。そしてメキシコに勝ったアメリカは、前には売ってくれと言っていたカリフォルニアとニューメキシコだけでなく、このあいだモルモン教の話で出てきたユタやネヴァダなどメキシコの領地の三分の一を、停戦の条約締結で金を払って、手に入れます(Mexican Cession メキシコ割譲地 地図参照)が、歴史の偶然というか、そのカリフォルニアで1848年のはじめに砂金が発見され、翌1849年にはいわゆるゴールド・ラッシュが始まります。さらに、やがて、砂金だけでなく、シエラ・ネヴァダ山脈 (Sierra Nevada、スペイン語ですが、スペインにある山脈になぞらえられているわけで、英国人たちの地名の名づけと同様のパタンです)の北西から南東にかけて、幅数キロ、長さ200km近い金銀の"Mother lode" と呼ばれる鉱山帯が見つかり、ゴールド・ラッシュに拍車がかかる。
Wikipedia の "California Gold Rush" のページにも図版がいくつかありますが、カリフォルニア州立図書館のHPにもゴールド・ラッシュの展示ページがあります。
海路からも "Section II . By Sea to the Golden Land"――
たとえばJethro C. Brock. A List of Persons from Nantucket now in California, or on Their Way Thither.
Nantucket: Jethro C. Brock, 1850. 24 p. は、捕鯨の中心地である東部ニューイングランドのナンタケット島からカリフォルニアへ来ている、あるいは向かっている、650人の名簿を載せています。
陸路からも "Section III. Ho for California! The Overland Trek"――
たとえばJ. H. Colton. Map of the United States, the British Provinces, Mexico &c.
Showing the Routes of the U.S. Mail Steam Packets to California, and a Plan of the Gold Region.
Drawn and engraved by J. M. Atwood. New York: J. H. Colton, 1849.
Lithograph. 15 x 21 in. は、金のとれる地帯を黄色く塗って示しています。
("California Gold Rush - Wikipedia" より)
人々はカリフォルニアを、サンフランシスコを目指してやってきました。インディアンを除く人口が14000だったカリフォルニアは1848年末には20000人、1849年末には100000人、1852年には232000人に増大します。〔1〕 金を発見したJames Marshall (1810-85) の雇い主だったJohn Sutter (1803-80 スイス生まれ) の息子がつくった町Sacramentoがカリフォルニア州の州都となったわけですが、1849年に市民憲章をだして翌年最初の市となったときに人口が1万人、サンフランシスコは1848年に1000人だったのが、1849年の暮れには25000人に膨らんでいたようです。〔2〕 ちなみに、Wikipediaによれば、サターがのちにSan FranciscoとなるYerba Buena に到着した1839年に、カリフォルニアにはヨーロッパ人が1000人に対してインディアン(インディオ)が30000人いたとのことです。〔3〕 自然主義の作家Frank Norrisの小説McTeague が、first name がないマクティーグという姓だけの人物名のメインタイトル(彼がひとつのタイプであることを示すのだろう)で、副題が「サンフランシスコの物語」で、Death Valley で結末を迎え、「金」にとらわれているのは、やっぱりカリフォルニアの歴史を背負っているんだよなあ、とあらためてさとりました(これまで鈍かった)。
これより以前よりインディアン(インディオ)たちを駆逐・虐殺することによってヨーロッパ人がアメリカの土地を、あたかも過去がなかったかの如く新しく「発見」された新大陸として、成功の夢をしばしば宗教的な信念で隠蔽しながら覆ってきた(あれ、日本語がヘンだ)、その事実は忘れてはならんと思いますが、スペイン、メキシコについでアメリカのものとされて31番目の州となったカリフォルニアは、そのはじめから世俗的なアメリカの夢と織り交ぜられて出発したのかもしれません(あるいはユタが宗教的な夢想と織り交ぜられていたかもしれないように?)。カリフォルニア州のニックネームは "Golden State" 、州の花は "Golden Poppy"、モットーは "Eureka 〔我発見せり〕"、州の歌は "I Love You, California" (1951) (こりゃ関係ないか)。UCBerkeley のマスコットは "Golden Bear" ですが、1846年の夏に短期間存在した「カリフォルニア共和国」の旗(いまのカリフォルニア州旗の原型)から熊ちゃんはあらわれます。
2年後の金発見を幻視するかのごとく金色に輝いて見えます。そして現在、アメフトの49ersのチアリーディング・チーム名は「ゴールドラッシュ」です。チームのマスコットは "Sourdough Sam" ですが、酸っぱいパン(いやがる日本人多し)はゴールドラッシュのころに皆が携えることになった北カリフォルニアのパン(現在はサンフランシスコの特産というか名物みたいな位置づけです(もともとバクテリアがサンフランシスコで発見されたのかな)。近所のLuckyにもたまにありますけど、SFのフィッシャーマンズワーフのレストランのパンはサワードウだふ。古代エジプトからあったとかされてますけど、イーストをいちいち発酵させる手間が省けるというのがミソだったのではないでしょうか)です。同じNFLのBaltimore Ravens のマスコットがEdgar, Allan, Poe というのに比べてなんと世俗的なことでしょー。ポーは『ユリイカ』のなかで「エジプト人の黄金の秘密」について語りましたけど。
こどもたちの芝居に出てきたわけではないのだけれど、ハーパー・リーの『アラバマ物語』の学芸会のシーンで出てくる "ad astra" というフレーズが体育館で思い浮かんでいたのはなぜだろう。 ad astra per aspera ("to the stars through difficulties 星へ困難をくぐって") はKansas州のモットーなのだけれど、アメリカ人みなのモットーなのかもしれない、とか考えたような気がする。あとは「おお、スザンナ」の男が「わたしゃアラバマからバンジョー肩に♪」来たからかもしれないが。この「オー、カリフォルニア」の替え歌についてはいずれ書きます。
カリフォルニア州の人口、36,457,549。"Foreign-Born Residents" (他の土地で生まれた住民)の割合、27.2パーセント(50州中1位)。〔4〕
〔1〕 "Gold!" <http://www.parks.ca.gov/default.asp?page_id=1125> 〔Marshall Gold Discovery SHP from California State Parks〕
〔2〕 Richards, Rand (1992). Historic San Francisco: A Concise History and Guide. Heritage House. ISBN 1-879367-00-9. As cited in "San Francisco, California - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/San_Francisco>
〔3〕 "John Sutter - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/John_Sutter>
〔4〕 "U.S. Census Bureau, 2006 American Community Survey." による。 ネットの <http://quickfacts.census.gov/qfd/states/06000.html> は、 "Foreign born persons, percent, 2000" で26.2パーセントとしてますが、上はいずれも2006年データ。ちなみに "American Indian and Alaska Native persons, percent, 2006" は1.2パーセント。この秋に出版されるState by Stateによれば、American Indian 333,346人 (1.0%)。
reference url:
“Mexican-AmericanWar” <http://encyclopedia.kids.net.au/page/me/Mexican-American_War> 〔Kids.net.au のページ。実はWikipediaとだいたい同じなんですけど、子供向けにも侵略戦争だったことをメキシコの側の視点で出している〕
"California As We Saw It: Exploring the California Gold Rush" [California State Library - GOLD RUSH]" <http://www.library.ca.gov/goldrush/> 〔カリフォルニア州立図書館のHPの一部。CSL Home > Library Divisions > California History Section > Exhibits > "California As We Saw It" ダイレクトにいかないとなかなか到達できそうもないです。図書館は1850年1月という意外と早い時期に創られています。〕
"Marshal Gold Discovery State Historic Park Home Page"<http://www.parks.ca.gov/default.asp?page_id=484> 〔今はゴーストタウンとなった、金発見の町Coloma を含む歴史公園のHP, <California State Parks〕
"Clipper Ships in San Francisco: The Maritime Heritage Project with News of Captains, Ships and Passangers in 1800s San Francisco" <http://www.maritimeheritage.org/ships/clippers.html> 〔ゴールド・ラッシュのころのサンフランシスコが快速帆船をつくりだしたというようなおはなしと資料〕
「NFL JAPAN:チアリーダー> 安田愛の「ゴールドラッシュ便り」 <http://www.ii-web.net/test/nfl_cheer/cheer/column.html> 〔2001年から2003年までサンフランシスコ 49ers チアリーダーズ「ゴールドラッシュ」に日本人として加わった安田愛さんのレポート〕
「白人は何故「カニバリズム」にこだわるのか(2)」 <http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2007/05/post_1237.html> 〔藤永茂さんのブログ「私の闇の奥」 2007年5月2日。1846年、イリノイ州からSutter’s Fort (のちのSacrament、つまりジョン・サターの土地です)を目指して移住の旅をした2家族を中心とする幌馬車隊がシエラ・ネヴァダ山中で遭難して起こったカニバリズム事件とその際のインディアンのエピソードから、ゴールド・ラッシュ時にもインディアン虐殺を行なった白人の野蛮性をこそ糾弾する〕
"Augustus Mitchell's 1846 Map" <http://www.lib.utulsa.edu/speccoll/collections/maps/mitchell/Mitchell%20complete.jpg> 〔1846年の大きな地図。"A New Map of Texas, Oregon, and California, with the Regions Adjoining, complied from the most recent authorities," Philadelphia: S. Augustus Mitchell, 1846. Department of Special Collections and University Archives, McFarlin Library, University of Tulsa, OK の "Maps of the American West" の中。インディアンの分布が書かれていたりします。〕