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January 9 身も心も――横隔膜と頭と心についての覚え書(コトバの問題のつづき)のおまけ [擬似科学周辺]

January 09, 2009 (Friday)

    つい出来心で、前の記事の「January 8-9 横隔膜と頭と心についての覚え書(コトバの問題のつづき)・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の2)――擬似科学をめぐって(11)  On Pseudosciences (11)」に以下の曲を埋めてしまいました。調子に乗って歌詞をメモっておきます。悪ノリという感覚はなく、かなりマジですw。

「Body & Soul」―SPEED (1996)
作詞・作曲 
伊秩弘将
「BODY & SOUL SPEED 歌詞情報 - goo 音楽」 <http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND9367/index.html>
この曲のPVにゴールデンゲートブリッジが出てきますね。
 第2連の「心も体もShape Up して」と第6連の「Hot な Soul 強気で Go!」から、body=体、soul=心という同定がうかがわれます。それにしてもくりかえされる「Body & Soul 全部脱いじゃえば」というのは何を脱ぐのか不明。
あ、body & soul はかけ声みたいなものですか。

「身も心も」―ダウン・タウン・ブギウギ・バンド (1977)
作詞 阿木耀子 作曲 宇崎竜童

「身も心も - ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 歌詞情報 - goo 音楽」  <http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND4381/index.html>
 阿木耀子の、男の身になったラブソングなのですが、「身も心も一ツに溶けて」と繰り返されるのは、(女の)身と心が一つに溶けているのではなくて、そしてまた男と女の身と心がそれぞれ、つまり男の身と女の身が一つ、男の心と女の心が一つというのでもなく、男の身と女の心と女の身と男の心がすべて一つに溶けているのでしょうね。「身も心も一ツの命」。アイデンティティーの喪失。愛だから許される、愛ゆえの幻想。言葉はむなしいと言いながら、ジョウゼツに言葉を紡ぐところが詩の宿命でしょうか。それとも恋とはそういうものなのか。それともジェンダーを変えたがゆえの振幅か。それにしても、この曲は、テレビドラマのほうの『探偵物語』のラストとダブってしまいます。工藤ちゃんが刺されてくずおれるのですが、曲はそのまま流れ続けて表参道原宿を歩く映像が流れてから通常のエンディングへと
転換する。あの姿は幻なのか、身も心も溶けちゃって霊になっているのか(わけわかめ)。 <http://jp.youtube.com/watch?v=nXuL0phlRjY>

「ガッツだぜ!!」―ウルフルズ (1995)
作詞・作曲 トータス松本

「ガッツだぜ!! ウルフルズ 歌詞情報 - goo 音楽」
<http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND8978/index.html>
 第1, 4, 9連の「パワフル魂」、第5連の「このSoulが売りよ」でガッツとソウルの同定が示される。あと「ド根性」も等価的。

 


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January 27 ファウラー&ウェルズ社の出版物リスト (1) ―1853年 Fowlers and Wells, 1853 Publications [擬似科学周辺]

January 27, 2008 (Tuesday)

   「January 7-8 でこちんと骨相学 (前篇)――擬似科学をめぐって(9)  On Pseudosciences (9)」で書いたように、フィラデルフィアで1838年に『アメリカの骨相学雑誌 American Phrenological Journal』を創刊したオーソン・ファウラーと、その弟のロレンツォ・ファウラー、ロレンツォの妻のリディア・ファウラーは、出版社や商店を経営しただけでなく、講演活動をしたりそれぞれ本を書いたりして、ファミリー・ビジネス的に骨相学ならびに、骨相学と結びついたメスメリズム、すなわちphreno-mesmerism ないし mesmeric phrenology をアメリカ(ならびにイギリス)でポピュラーにするのに力がありました。出版社はオーソンがSamuel Wells という、兄弟の妹のCharlotta と結婚した人と組んでニューヨーク市のナッソウ・ストリート131番(はじめ1835年に同じ通りの135番にオフィスをかまえていたようです)、のちにブロードウェイ 308番ならびにボストン市のワシントン・ストリート142番で Fowler & Wells, Publishers を営業しました。 「January 22 ジョン・ボヴィー・ドッズの思想遍歴を考えるためのメモ・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の2)――擬似科学をめぐって(20)」であげたドッズのメスメリズム研究書の巻末に広告として載っている出版物のリストのファクシミリを並べます。

The Philosophy of Electrical Psychology in a Course of Twelve Lectures. 『電気的心理学の哲学』 New York: Fowler and Wells, 1850.  Rpt.  London: James Burns, Progressive Library, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録(そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>もあり)。
1853年刊行のファウラー&ウェルズ――例の骨相学の出版社です――版のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyofelec00dodsuoft>

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  水治療 (Water-Cure; Hydropathy)を中心とする医療関係 、野菜ダイエットやタバコ、コーヒーなどの食餌・ダイエット関係、骨相学とメスメリズム、あと社会問題みたいなものの関連書が並んでいるのがわかります。


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January 28 ファウラー&ウェルズ社の出版物リスト (2) ―1859年 Fowlers and Wells, 1859 Publications [擬似科学周辺]

January 28, 2009 (Wednesday)

   E-text のサイトはいろいろとありますが、総合的でよく使うのは Internet Archive という、1996年にサンフランシスのPresidio (address: Internet Archive 116 Sheridan Avenue, The Presidio of San Francisco, San Francisco, CA 94129 )で創始された非営利サイト(アメリカの"501(c)(3) non-profit"――これは「December 4 食品博物館――キャベツ娘とキャベツ頭はどのようにつながっているか Food Museum 」で触れた"Food Museum" と同じ)です。インターネット図書館であり、メディアはテキストだけでなく、音源、ビデオ、ソフトウェアなど多様です。テキストもフォーマットが多様です。悩むくらいにw  Internet Archive Home: <http://www.archive.org/index.php>

   そのインターネット・アーカイヴの検索で見つけた一冊にファウラー兄弟共著の骨相学自己教則本があります。

Fowler&Wells1859.jpg

O. S. and L. N. Fowler, New Illustrated Self-Instructor in Phrenology and Physiology; with over one hundred engravings; tegether with the chart and character of ________ as marked by _________.  以下は Internet Archive の記述――


Author: Fowler, O. S. (Orson Squire), 1809-1887; Fowler, L. N. (Lorenzo Niles), 1811-1896
Subject: Phrenology
Publisher: New York : Fowler and Wells
Possible copyright status: NOT_IN_COPYRIGHT
Language: English
Call number: AZF-9825
Digitizing sponsor: MSN
Book contributor: Robarts - University of Toronto
Collection: toronto

  詳細ページ <http://www.archive.org/details/newillustratedse00fowluoft> 。そして左の "View the book" (本を見る)のところに "(9.6 MB)Flip Book / (84 MB)Flip Book (beta) / (16 MB)PDF / (433 KB)Full Text / (7.6 MB)DjVu" が並んでいます。

  これの内容は別記事で紹介することにして、巻末の出版物広告(クリックでちょっと拡大)。

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  本が分類されて見出しで分かれていますが、目につくのは "psychology"(心理学) が "physiology"(生理学)、 "mesmerism"(メスメリズム) と一緒になっているところです(3枚目)。右下の "MESMERISM - PSYCHOLOGY" の冒頭にあがっているのはドッズの『電気的心理学の哲学』・・・・・・あ、読みにくいのでここだけ書き写しておきます――

MESMERISM―PSYCHOLOGY.
ELECTRICAL PSYCHOLOGY, Philosophy of, in Twelve Lectures.  By Dr. J. B. Dods.  Paper, 62 cents; muslin, 87 cents.
FASCINATION; or, the Philosophy of Charming (Magnetism).  Illustrating the Principles of Life.  Paper, 50 cents; muslin, 87 cents.  ☞E-text
LIBRARY OF MESMERISM AND PSYCHOLOGY.  With suitable Illustrations.  In two large volumes of about 900 pages.  Price, $3. ☞E-text
MACROCOSM AND MICROCOSM; or, the Universe Without and the Universe Within.  By Fishbough.  Scientific Work.  62 cts.; muslin, 87 cts.  ☞E-text
PHILOSOPHY OF MESMERISM AND CLAIRVOYANCE.  Six Lectures.  With Instruction.  30c.
PSYCHOLOGY;or, the Science of the Soul.  By Haddock.  Illustrated.  30 cents.  ☞E-text

  スペースに入れるためにcents が cts. だったり、ただのc. だったりしていますw

  2冊目の "Fascination" というのは "or, the Philosophy of Charming (Magnetism)"とつづいているように、「魅力」つまり人を魅了する力とマグネティズムないし磁気がつながっていることが、それも多分に俗っぽくつながっていることがうかがわれる本です。実際、"magnetism" 自体が現在でも「魅力」の意味をもっているわけですが、たんに人を引きつける力のタトエとして物理的磁力というのでなく、メスメリズム、動物磁気説を経過して、人間対人間の支配的影響力みたいな含みが付与されたわけです。それはfascination でいうと、ヘビがカエルをfacinate するみたいな怖い力も含めて。そのへんは『魔の眼に魅されて』という邦題で訳されたMaria Tatar の Spellbound がラスプーチンや20世紀の作家まで追っかけて記述していた記憶があります。もっとも「魔の眼」で連想する馬目じゃない蛇眼じゃない、「邪眼」 「凶眼」「邪視」(evil eye) というのは、それはまたそれで伝統があるとは思いますが。

   ううむ。この本は John B. Newman という医者の本で、長いタイトルは Fascination, or the Philosophy of Charming: Illustrating the Principles of Life in Connection with Spirit and Matter というのですね。霊と物質との関係で生命の諸原理を解説する魅惑の哲学・・・・・・深い。かもしれない。

   ついでながら、同じ3ページ目の左側のコラムのまんなかへんには "Family Dentist" という本があります。ベイエリアで「ファミリー・デンティスト」というと土屋歯科ですが〔テレビCMの影響〕、院長の妹さん(?)が土屋眼科をやっていることとまったく関係はなくて、ファミリー・ブッチャーみたいな "family" だと思うのです(たとえが悪いかw)。しかしこの本の場合、やっぱり自分でケアするということだと思われ――「January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7)」で挙げた民間医療の本の諸タイトルを参照。


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January 28 Sam Halliday の Science and Technology in the Age of Hawthorne, Melville, Twain, and James (2007) とMaria Tatar の Spellbound (1978) [擬似科学周辺]

January 28, 2009 (Wednesday)

   水曜日は小学校がふだんより2時間早く1時過ぎに終わるのだけれど、近所の人のクルマに乗せてもらったモーリちゃんを迎えに降りていったモーリちゃんの父がついさっき郵便ボックスで受け取った本2冊。

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   古いほう(右)から

Maria M. Tatar (1945 -  ), Spellbound: Studies on Mesmerism and Literature.  Princeton: Princeton University Press, 1978.  xvi+293pp.   $39.50をStrand Book Store で15ドルで購入

  グリム童話の研究者として有名になったマリア・ターターの若い頃の著作。「スペルバウンド」はあっさり訳せば「呪縛」です。あるいは「とりこにされて」。スペルは「まじない」「呪文」「魔法」など超自然的な力と結びついたものを行使して相手を「束縛」「魅了」することです――歌で有名なのは "Screamin'" Jay Hawkins の "I Put a Spell on You"。ついさっきの記事でもこの本に触れたので、「魅力」の話のところを引き出そうと探したのですが見つからず、つい読みふけってしまいましたw。日本にペーパーバックと翻訳をもっているのですが、人に頼まれたので買いました(汚さぬように気をつけねば)。ただ章構成をメモっておきます――

1.  From Mesmer to Freud: Animal Magnetism, Hypnosis, and Suggestion
2.  Salvation by Electricity: Science, Poetry, and Naturphilosophie
3.  Thunder, Lightning, and Electricity: Moments of Recognition in Heinrich von Kleist's Dramas
4.  Blindness and Insight: Visionary Experience in the Tales of E. T. A. Hoffmann
5.  The Metaphysics of the Will: Voyeurs and Visionaries in Balzac's Comédie humaine
6.  Masters and Slaves: The Creative Process in Hawthorne's Fiction
7.  From Science Fiction to Psychoanalysis: Henry James's Bostonians, D. H. Lawrence's Women in Love, and Thomas Mann's Mario and the Magician
Appendix: Mesmer's Propositions  [1779年のMémoire sur la découverte du magnétisme animal にある27の命題(フランス語)]

Sam Halliday, Science and Technology in the Age of Hawthorne, Melville, Twain, and James: Thinking and Writing Electricity.  New York: Palgrave Macmillan, 2007.  xiii+245pp.  $69.95を同じくStrand で34.97ドルで購入。

  著者はロンドン大学の英文学と演劇の先生のようで。だからかどうか知りませんが、ホーソーン、メルヴィル、マーク・トウェイン、ヘンリー・ジェイムズという19世紀中葉から20世紀初頭のアメリカ作家をタイトルにあげながら、トマス・ハーディーやラディヤード・キプリングの話も出てくるのかしら。バックカヴァーにはマイケル・T・ギルモアが推薦文みたいなのを書いていて、"Halliday's bravura study" と呼び(ブラヴーラってもともとイタリア語で音楽関係で英語に入った言葉ですが、「勇壮華麗」「技巧誇示」みたいなのを特徴とする、「キラビヤカナ」「ハデハデシイ」といった意味です(英語のbravery と同語源のはずですが)。ギルモアは、とりあげられる人物の多彩さ(サミュエル・モースからヘレン・ケラーからホーソーン、マーク・トウェインからダニエル・パウル・シュレーバー)、そしてテクノロジーと文化の意外な結合(メスメリズムと奴隷制(まあよく聞くけど)、エーテルと表象、電信と陰謀など)を特徴としてあげ、 "Every page brings illumination; the book can aptly be called 'electifying.'" と電気的イメジをつらねています。副題の "Thinking and Writing Electricity" というのは電気自体が考えたり書いたりするという意味でしょうね。ぱらぱら見ているとジャック・デリダが出てきたりして、やっぱりむつかしそー。

  もうひとりBarbara Will という先生も、一見異質なものの「テレパシー的telepathic」結合に目をみはっています――「ドラキュラと鉄道時刻表、人種と電信〔フォスターの「おおスザンナ」が出てくるかと思ったら出てこないみたいw〕、分離人格(多重人格)と電話交換」。「カルチュラル・スタディーズ 〔cultural studies 文化研究と訳すと田舎者と言われそうw〕のお手本となる本で、19~20世紀転換期のテクノロジーと文化について考えさせるだけでなく、広くコミュニケーション、個性、社会の意味について考えさせる」と書いています。

  flap (カバー折り返し)の紹介――
This innovative book reveals the full extent of electricity's significance in nineteenth- and early-twentieth-century culture.  Ranging across a vast array of materials, Halliday shows how electricity functioned as both a means of representing "other" things―from love and solidarity to embodiment and temporality―and as an object of representation in its own right.  As well as Hawthorne, Melville, Twain, and James, the books considers other major American writers such as Whitman, Margaret Fuller, and Henry Adams; English writers such as Hardy and Kipling; and a galaxy of scientists and social commentators, including mesmerists, physicians, conspiracy thorists, psychologists, and theologians.

Introduction (Thinking and Writing Electricity/ Vitality, Sociality, and the Idea of Ideas/ The Sources of Electrical Thought: Science and Technology/ The Dialectic of Old and New; The Organization of the Book)
1.  Time and Space (Introduction/ "Annihilating" Time and Space/ Railroads, Time, and the Logistical Sublime/ Intimacy, Love, and Simultaneity/ Powers of Mind/ Ghosts of Electricity/ Electro-Historicism: Henry Adams/ Powers of Tradition/ Coda: Inventing the "Medium")
2.  Individual Difference and Self-Representation (Introduction/ "Training," Telegraphy, and Time/ "The Physiology and Psychology of the Telegraphic Language"/ Difference, Intersubjectivity, and Meaning/ Habits, Speed, and Automatism/ "Training," and the Medium/ "Resembling Oneself," and Portrait Painting/ "In-One-Another" and "After-Each-Other": Bodies and Machines/ Misrepresentation and the Voice/ Distance, Sound, and Sense)
3.  Sympathy and Reciprocity (Introduction/ God, Reciprocity, and the Spirit of Music/ Mediums, Mesmerists, and "Sympathy"/ From "Sympathy" to Slavery/ Mesmerism and/as Slavery/ Illness, Intuition, and the Electricity of Young Girls/ Ether versus Flesh/ Coda: God's Body, and the Ultimate Life)
4.  Connection and Division (Introduction/ The Nineteenth-Century Nervous System (1)/ Sex, Disease, and "Civilization"/ Polarity, Perversity, and "Father-Stuff"/ The Nineteenth-Century Nervous System (2)/ Coda: Connection through Division)
5.  Inclusion and Exclusion (Introduction/ Phenomenology of Secrets/ Publicity, "Detection," and Adultery: Telegraphy in Henry James/ "Underground" or "Mute" Telegraphy, and "Race"/ The End, and the Coming of a "Crisis in God's Realms"

   あー、行か写経のように書き写していたら全部読んだ気になりました(w)。本文は195ページまでで注が40ページにわたってついています。やれやれ。カッコつきの語の多さはディコンストラクション的脱比喩のなごりでしょうか。

  ともあれ、電気を中心に扱った本書にはジョン・ボヴィー・ドッズもガルヴァニもメスマーも登場するだけでなく、多重人格のモートン・プリンスや心理分析のフロイト、あるいはメスメリズムはもちろん、ファウラー兄弟、フリーメーソン、骨相学、観相術、心霊研究協会やスピリチュアリズムに超常現象など、擬似科学的・オカルト的な話題も満載のようでございます。

  そういえばデリダが晩年スピリットについてなんか書いていたのを日本で読みかけてやめてしまったけれど、ディコンストラクションで身体・精神の二分法を突破できるのだろうか。レトリックで突破してもしょうがないしなあ。

   あ、買った本を記録しようと思いつつどんどんたまるいっぽうで、どうしようと思っていたのですが、こういうかたちで放り込んでみます。

  Strand Book Store はニューヨークで1927年に創業されて現在本店がブロードウェイにある有名な古本屋さんですが、今はWEB でも商売をしており、古本屋さんらしく、まとめて注文すると2冊目からは送料を安くしてくれるのでよいです。ニューヨークの店に入ったのはもう10年以上前ですけれど、同じ本が何冊も並んでいて呆れました。送料は2冊で4ドル。21日注文。

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Strand Bookstore: Home of 18 miles of New, Used, Rare and Out of Print Books <http://www.strandbooks.com/>


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February 6 科学者 Scientist [擬似科学周辺]

February 06, 2009 (Friday)

    1月に買ったMartin Willis という若いイギリス人研究者の Mesmerists, Monsters, and Machines: Science Fiction and the Cultures of Science in the Nineteenth Century 〔メスメリスト、モンスター、マシーン〔m 音で頭韻を踏んでいるw〕――19世紀の科学小説と科学文化〕 (Kent: Kent State UP, 2006) という本を読んでいたら、"scientist" というコトバは1830年代になってようやくつくられた、と書いてありました。

  それで、例によって『オックスフォード英語大辞典』(OED) で確認してみました。 1番の定義は「科学の専門的知識をもった人; 科学的方法を用いる人」というもので、確かに初出は1834年になっていました。そして、その用例の内容はなかなか興味深いものでした。

A person with expert knowledge of a science; a person using scientific methods.   1834 Q. Rev. LI. 59 Science...loses all traces of unity. A curious illustration of this result may be observed in the want of any name by which we can designate the students of the knowledge of the material world collectively. We are informed that this difficulty was felt very oppressively by the members of the British Association for the Advancement of Science, at their meetings...in the last three summers....Philosophers was felt to be too wide and too lofty a term,...; savans was rather assuming,...; some ingenious gentleman proposed that, by analogy with artist, they might form scientist, and added that there could be no scruple in making free with this termination when we have such words as sciolist, economist, and atheist—but this was not generally palatable.  1840 Whewell Philos. Induct. Sci. I. Introd. 113 We need very much a name to describe a cultivator of science in general. I should incline to call him a Scientist.  1840 Blackw. Mag. XLVIII. 273 Leonardo was mentally a seeker after truth—a scientist; Coreggio was an assertor of truth—an artist.  1853 F. Hall in Leslie's Misc. II. 169 Atrabilious scientists.  1878 T. Sinclair Mount 13 They know that the sun is better where it is than under the scalpel or other instruments of the intense scientists.   

  たぶん『クウォータリー・レヴュー』という雑誌の1834年の51号の59ページ――「科学 (science) は・・・・・・統一性の気配をまったく欠いている。このことを興味深く例証するのは、物質的世界の知識を研究する者を総称して指し示す名前を我々はもたないという事実だ。英国科学促進協会の会員たちが、過去3年間の夏の大会において、この問題を深刻に受けとめてきたことを我々は知らされている。・・・・・・「フィロソファー philosopher」はあまりに広範で崇高な用語と感じられた・・・・・・「サヴァン savan 〔フランス語起源の savant ("a man of learning or science" の異形。1719年初例〕」はいささか傲慢だ・・・・・・ある思いつきのいい紳士が提案したのが、「アーティスト artist」の類推で「サイエンティスト scientist」をつくったらどうかということで、「サイオリスト sciolist 〔えせ学者、半可通、知ったかぶりの意味〕や「エコノミスト economist」や「エイシィイスト atheist 〔無神論者〕」といった言葉があるからこの接尾辞をつけるのに気がとがめることもありえない、とその紳士は付け加えた――が、この言葉が会員全員の嗜好にあうということはなかった」

   最後のところよくわかりませんが、たぶんその科学促進協会とかいうものが総じてこのscientist なる語をよし、とする合意は得られなかったということなのだと思われ。で、つぎの1840年の用例では、「科学の研究者 cultivator of science」をいう名前がぜひとも必要であり、scientist というのがよいと思う、との意見が表明されています。もっとも、このころには既にscientist がある程度ひろく使われていたらしいことが、同年のエディンバラの『ブラックウッズ・マガジン』の用例から知られます――「レオナルドは知的に真理を探究する人であった――これはサイエンティスト(科学者)。コレッジョ〔Correggio が正しいと思われ。晩年のレオナルド・ダヴィンチと活動の時代が重なるイタリアの画家です〕は真理を主張する人であった――これはアーティスト(芸術家)。」

  最初の用例にあるように、物質界を対象とする「知」「学」としてのサイエンス、すなわちフィジックス、あるいは自然科学を実践する人を対象に、コトバが求められたのであるなら、そのコトバをそれ以外の「科学」にあてはめるのは筋違いということにならないでしょうか。はい、なると思います。実際、仮に人文科学や社会科学が「科学」であるとしても、そこで研究している人はフツウは「科学者」とは呼ばれませんし、同じことは英語でさえ言えるのではないでしょうか。であるなら、奇妙なねじれがここで発生していることにならないでしょうか。

  実は、「科学者」と呼ばれる人がやっているのが科学だ、とこのヘンな連載の最初のころ(年の暮れ頃)考えていたのでした。科学的方法を誰であれ、学者であれ一般人であれ、用いるのは自由だけれど、科学者的科学的方法を科学者以外の学者の学問的方法に総じて求めるのはおかしいんじゃないんですか?  (誰にむかって訴えているのでしょうw)

  さて、ついでながら、OED の2番の定義はエディー夫人のクリスチャン・サイエンスの実践者(信者)なのでした。 "Christian Scientist" の略という感じで、通例 S は大文字ですが。1875年の初例はエディー夫人そのひとの著作『科学と健康──付聖書の鍵 Science and Health with Key to the Scriptures 』 (1875) より。これは1879年に The Church of Christ, Scientist が設立されてクリスチャン・サイエンスが創始される前の本ですが、クリスチャン・サイエンスにおいて聖書と並ぶ聖典です。ふたつめとみっつめの用例は作家サミュエル・クレメンズ(「マーク・トウェイン」)のものですが、なんで近い時期(1902年と1903年)からふたつも採用しているのでしょう。これは1907年に『クリスチャン・サイエンス』という単行本で刊行される前の雑誌連載時のものなのですが。マーク・トウェインは、当然、クリスチャン・サイエンスのおかしさを諷刺するわけですけれど、強い関心ゆえのふるまいと考えることがもちろんできます。

   2. (Usu. with capital initial.) A Christian Scientist.

   1875 M. B. Eddy Science & Health viii. 428 The Scientist sees more clearly the cause of disease in mind, than the anatomist can in body; the latter examines the body to learn how matter is committing suicide, and the former reads the mind to find what beliefs are destroying the body.  1902 ‘Mark Twain’ in N. Amer. Rev. CLXXV. 763 Where can you purchase it, at any outlay of any sort, in any Church or out of it, except the Scientist's?  1903 I in Ibid. CLXXVI. 509 The Scientist hastened to Concord and told Mrs. Eddy what a disastrous mistake had been made.  1938 M. Muggeridge In Valley of this Restless Mind ii. 8 ‘There's a Congregational Chapel...and a Church of England third on the right.’... ‘Do many people go to them?’ ‘Not many, I think.... We're Scientists.’  1980 Country Life 17 July 243/1 There is the dowager, American...a Scientist (of the Christian kind).  

    しかし・・・・・・擬似科学周辺で科学について書くのは愉快なりねー。キテレツなりにほんブログ村 英語ブログへ

Christian science, with notes containing corrections to date (1907) <http://www.archive.org/details/christianscience00twaiuoft> 〔マーク・トウェインの『クリスチャン・サイエンス』のニューヨークのハーパー社初版のInternet Archive のファイル〕 

Christian Science by Mark Twain @ Classic Reader <http://www.classicreader.com/book/1286/>  〔E-text〕

Project Gutenberg の E-text in Internet Archive <http://www.archive.org/details/christianscience03187gut> 

「クリスチャン・サイエンス」 <http://park8.wakwak.com/~kasa/Religion/christianscience.html> 〔『新興宗教を考察するページ』内〕

the MARY BAKER EDDY library <http://www.marybakereddylibrary.org/>


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February 3 アニー・マーフィー・ポールの『パーソナリティーのカルト――いかにパーソナリティー・テストが私たちに誤った子供の教育をさせ、誤った会社の経営・・・』 Annie Murphy Paul, The Cult of Personality: How Personality Tests Are Leading Us to Miseducate Our Children, Mismanage Our Companies, and Misunderstand Ourselves (2004) [擬似科学周辺]

February 03, 2009 (Tuesday)

   この日アマゾンを通して届いた本。『パーソナリティーのカルト』

Paul,TheCultOfPersonality.jpg

Annie Murphy Paul, The Cult of Personality: How Personality Tests Are Leading Us to Miseducate Our Children, Mismanage Our Companies, and Misunderstand Ourselves (New York: Free Press, 2004) xv + 303pp.  ISBN:0743243560

  副題が長い。おかげでブログのタイトル欄ににおさまりませんでした。カバー装丁はちょっとおしゃれだと思いますが。「いかにパーソナリティー・テストが私たちに誤った子供の教育をさせ、誤った会社の経営をさせ、誤った自己理解をさせるか」

   著者のアニーさんはイェール大学を卒業して『サイコロジー・トゥデー Psychology Today』誌の編集をつとめたあと現在はフリーランスで『ディスカヴァー Discover』、『サロン Salon』、『セルフ Self』、『レイディーズ・ホーム・ジャーナル Ladies' Home Journal』などに寄稿してきたニューヨーク在住の女性ライターです。『シェイプ Shape』では "Mind/Body" という毎月のコラムを担当しているみたい。

  主眼は現在のアメリカの状況にあるのでしょうけれど、歴史的に人格・パーソナリティー検査のもろもろが語られていて、第1章 "A Most Typical American" は骨相学を扱い 、第2章 "Rorschach's Dream" はロールシャッハ、第3章 "Minnesota Normals" は1930年代におこった Minnesota Multiphasic Personality Inventory (MMPI)、第4章 "Deep Diving" は Henry Murray の Thematic Apperception Test (TAT)、第5章 "First Love" は1940年代にペンシルヴェニアの主婦が考案した Myers-Briggs Type Indicator (MBTI)、第6章 "Child's Play" は Draw-a-Person Test (DAP)、第7章 "The Stranger" は Raymond Cattell の Sixteen Personality Factor Questionnaire (16PF)、そして第8章 "Uncharted Way" 、Epilogue というのが本文(リンクは英語のWikipediaの記事)。ふつうは本の冒頭に置かれるAcknowledgement がそのあと2ページにわたってあって、229ページから291ページまで注がついています。あと索引Index も10ページ。タイトルの付け方とか、ジャーナリスティックですし、文体もくだけた読み物的な感じですけど、詳しい典拠を示す注とかは学術的な気配をそこはかとなく漂わせています。

  第1章だけ読めばよかったのですが(爆)。―

  第1章の「最も典型的なアメリカ人」というのは詩人のウォルト・ホイットマンのことで、30歳になって2ヶ月ほどたった1849年7月16日にマンハッタンのナッソー・ストリートにあるファウラー・アンド・ウェルズの事務所を訪ねるところの物語的記述からこの章は始まっています。

  第2段落から――

     Entering an examining room, he [Walt Whitman] took a seat before the man he'd come to see.  Lorenzo Niles Fowler had serious eyes, an impressive beard, and an air of calm authority; with practical skill he began running his fingers over the young man's head.  A stenographer sat close by, recording his every word.
     "Combativeness, six," Fowler pronounced.  "Secretiveness, three . . . Self-exteem, six to seven . . . Conscientiousness, six . . . Mirthfulness, five"―on and on, more than three dozen scores in all.
     The young man paid his three dollars and stepped back out into the bustle of Nassau Street.  Though he might have looked the same to the merchants and newspapermen hurrying past, he knew he was profoundly changed.  At last he'd been seen for who he was, and proof was in the report tucked under his arm.  "You are one of the most friendly men in the world and your happiness is greatly depending on your social relations," Fowler had written.  "You are familiar and open in your intercourse with others but you do not by so doing lose your dignity.
     "You are no hypocrite but are plainspoken and are what you appear to be at all times . . . You have your own opinions and think for yourself . . . Your sense of justice, of right and wrong is strong . . . You are a great reader and have a good memory of facts and events . . . You can compare, illustrate, discriminate, and criticize with much ability . . . You have a good command of language especially if excited."
     It was an uncannily accurate description of the young Walt Whitman, and Whitman took from it both reassurance and inspiration.  The American Bard, the Great Gray Poet who would go on to write "Song of Myself," "When Lilacs Last in the Dooryard Bloom'd," and "O Captain! My Captain!" had found an unlikely muse―in phrenology.

Phrenology, or the "science of mind," was a wildly popular way for nineteenth-century Americans to understand themselves and others.  Lorenzo Fowler and his brother, Orson, were its leading proponents in this country, and they taught their legions of followers that every human attribute sprang from a particular structure of the brain.  When well used, these organs would expand, pushing up the skull just above to produce a palpable bulge.  By feeling a person's head, the expert phrenologist could read its rugged topology like a map of what lay within.
     The Fowler brothers and their partner, Samuel Wells, identified a total of thirt-seven faculties, from Cautiousness to Intuitiveness, Destructiveness to Benevolence, each with a corresponding bump rated in size from one to seven.  They called many of these traits by unusual or invented names: "Adhesiveness" indicated one's capacity for devotion and commitment; "amativeness" described the proclivity to feel amorous and sexual; "alimentiveness" was their term for a love of food and drink.
     They had no more faithful student than Whitman.  He spent hours at the Fowler & Wells Phrenological Cabinet, wandering among its ghostly heads.  (The cabinet, a kind of museum, displayed nearly a thousand plaster casts of such notable specimens as savages, murderers, and madmen.)  He read and underlined phrenological trancts, copying passages into his journal.  He even wrote about the practice himself, extolling its virtues in the pages of the Brooklyn Daily Eagle.  "Breasting the waves of detraction as a ship dashes sea-waves, Phrenology, it must now be confessed by all men who have open eyes, has at last gained a position, and a firm one, among the sciences," he proclaimed. 
     The Fowlers repaid his devotion with generous patronage, making Whitman a staff writer on one of their many periodicals.  When in 1855 he self-published his first book, Leaves of Grass, they sold it at their shop; when a second edition came out, Fowler & Wells was its publisher.  Bound into each volume was Whitman's "chart of bumps," which he regarded as a credential, evidence of his claim to be a new kind of poet and a new kind of man.  Flattering though his reading had been, Whitman saw room for improvement and augmented several of his scores.  (He also wrote rhapsodic, and anonymous, reviews of his own work: "An American bard at last!" he raved in The United States Review.)
     The phrenologists' early appreciation of his gifts gave Whitman the confidence to pursue his bold project of creating a truly American literature.  But the concepts and vocabulary of phrenology also imbued the poetry itself.  "In America," he jotted in his notes, "an immense number of new words are needed."  Whitman found these words in the phrenologists' catalogue of human qualities and used them to sing of himself:

          Never offering others, always offering himself, corroborating
             his phrenology
          Voluptuous, inhabitive, combative, conscientious, alimentive,
             intuitive, of copious friendship, sublimity, firmness, self-esteem . . .

 

    いまのところ、とりあえず抜き書きだけしておきます。いろいろ他にも面白い記述があり、いろいろ思うところもあるのですが。

   


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February 10 G・R・トンプソン編の『ポー選集』の「精神科学」 "Sciences of the Mind" in The Selected Writings of Edgar Allan Poe, edited by G. R. Thompson (2004) [擬似科学周辺]

February 10, 2009 (Tuesday)

   この日アマゾンから届いた重たいペーパーバック。

  G. R. Thompson, ed.  The Selected Writings of Edgar Allan Poe.  New York: Norton, Norton Critical Editions, 2004.  liii + 962pp.  ISBN: 0393972852 (pbk.)

    トンプソンという著名なポー学者については、なぜか研究者の世界観みたいな話で以前に触れました(「January 2-3 ゴシック小説と合理主義(その2)――擬似科学をめぐって(6)  On Pseudosciences (6)」)。思うに、このひとの相対主義は、ディコンストラクション的ないしポストモダン的というよりも、構造主義的タマネギないしラッキョウ的な作品観なのかな、と思っています。つまりテクストの重層性をたっとびながら、しかしどの層が最も意味がある、とは決して言わない態度。皮をむいていって、中には何もありませんでした、というのを喜ぶ態度。

  それはさておき、1970年代の画期的な研究書『ポーのフィクション――ポーのゴシック小説におけるロマンティック・アイロニー』を書いたトンプソンは、その後SFやロマン主義やあれやこれや論文を書いたり、『ポー・ニューズレター』(といったかしら)の編集長をつとめたり、幅広い文筆活動をするわけですが、彼が2004年に、ノートン・クリティカル・エディションとしては初めてのポーの本の編者として出したのが、合計1000ページを超えるこの本です。詩人のオーデンが序文を書いたラインハート版はかつてポーの唯一の長篇小説『アーサー・ゴードン・ピム』をいれたアンソロジーとして異色でしたが、1987年の『ピム』出版150周年記念会議の開会のあいさつで、『ピム』は『ガリヴァー旅行記』や『ドン・キホーテ』と並ぶ傑作、とほめあげたトンプソンは、この新しい選集にもまるごとおさめるという暴挙に出ています(もっとも字が詰まっているので、130ページちょっとでおさまってはいますが)。

  ともあれ、いちおう作品が584ページまでで、そのあとの "Backgrounds and Contexts" にもポー自身の手紙はともかく書評や批評のたぐいが、他の人たちのものと一緒に入っていて、よくわからない構成なのですけれど、資料的なものがいちおう400ページくらい入っているということになります。人種問題などもフォローしています。

  で、742ページから753ページまで、14ページだけですけれど、 "Sciences of the Mind" と題された「背景」があります。目次で言うと――

SCIENCES OF THE MIND ---742
Johann G. Spurzheim●The Physiognomical System of Drs. Gall and Spurzheim---743
     From VI.  Organ of the Propensity to Destroy, or of Destructiveness---743

Orson S. Fowler●Fowler's Practical Phrenology---745
     From 21. Ideality---746
     Phrenological Chart---747

Thomas C. Upham●From Outlines of Imperfection and Disordered Action---748

  "science of the mind" というフレーズは、前の記事のなかにあったように、phrenology を指して用いられたことばでもあるのですが(だって本来は「フレノ」=精神の学だから)、トンプソンはサイエンスを複数形にして、少し前のラヴァター Johann Kasper Lavater, 1841-1801 の観相術 physiognomy 、そしてシュプルツハイムの骨相学 phrenology 、さらにアメリカのファウラーの骨相学、そしてアメリカのトマス・アパムの心の病についての研究をここにいれています(観相術はイントロで言及するだけですけど)。1775年からゲーテと一緒に Physiognomical Fragments for the Promotion of the Knowledge and Love of Man と呼ばれる一連の観相術的著作を書いたラヴァターの英訳は英米で入手可能であり、Essays on Physiognomy  という本は1794年にボストンで印刷され、さらに1817年にはニューヨークの本屋から The Pocket Lavater, or, The Science of Physiognomy というポケット版が出されて人間観察の便宜に供したと。トンプソンの説明では、phrenology はphysiognomy に刺激されて出てきたもので、目ざすところも同じように外的身体的特徴を精神的能力と結びつけることだったのであり、ふたつのことばは多かれ少なかれ interchangeably に(さらにphysiology も加えて)19世紀をとおして使われた、ということです。もっともガルは Anatomy and Physiology of the Nervous System in General  (1810-19) において三者をより精確に区別して使おうとしたけど(とトンプソンは書いています)。

  さて、トンプソン編のポー選集の746ページにファウラーの Practical Phrenology (1846) から"ideality" の機能について書いた部分が引用され、747ページには1886年版の Life: Its Factors, Science, and Culture の第1巻 Mind, Organism, and Health by Higiene; Or Phrenology and Physiology Applied to Laws, Preservation, and Restoration of Health 掲載の骨相学チャートが引かれています。

  モーリちゃんの父はこの本は出てすぐに日本で買って、あちこちパラパラと見たのですが、そのときはなにがなんだかよくわからなかったのですが、いまはなにがわからないかがわかるくらいにはわかります。

   746ページの文章は "21. Ideality" と題されています。はい。このあいだ「February 2 サブライムと骨相学 (1) Phrenolgy and the Sublime (1)」で紹介した1859年の The New Illustrated Self-Instructor in Phrenology and Physiology 〔『新・図説骨相学・生理学自己教則本』〕(その前には「January 28 ファウラー&ウェルズ社の出版物リスト (2) ―1859年 Fowlers and Wells, 1859 Publications [擬似科学周辺]」〕で紹介した)と同じ番号です。トンプソンによれば、これとタイトルの似たThe Illustrated Self-Instructor in Phrenology and Physiology 〔『図説骨相学・生理学自己教則本』〕は1849年に刊行されて世紀の終わりまでに20版ほど重ね最もよく読まれたファウラー本のひとつだったのだそうです(「新」も同じ本と考えるかもしれませんね)。でも、なぜかは知りませんが、そっちではなくてこちらです――E-text をリンクします――で、トンプソンは1846年としてますけれど、1840年――この年が初版――のと、少なくとも引用部分はまったく同じようです――Orson Squire Fowler, Fowler's Practical Phrenology: Giving a Concise Elementary View of Phrenology (Philadelphia and New York: O. S. Fowler, 1840)  <http://www.archive.org/details/fowlerspractica00fowlgoog> 〔InternetArchives〕

  で、この初版で言うと165ページの大半と、169ページのこの21の節の終わりの "Location" という見出しの数行が引かれています。あ゛ー、トンプソンからじゃなくて、初版から引いておきますね。

21. IDEALITY.

Imagination — fancy — love of the exquisite, the beautiful, the splendid, the tasteful, and the polished — that impassioned ecstacy and rapture of feeling which give inspiration to poetry and oratory, and a conception of the sublime.

That there exists in the human mind some faculty, the function of which is to inspire roan with a love of the beautiful and the exquisite — a fondness for the sublime, the elegant, and the tasteful, will appear evident when we compare man with the lower order of animals, or civilized man with the savage, or the refined inhabitants of a city with the common population of the country. Were it not for the influence of thia faculty, these things would be held in no higher estimation by man than by the brute, or by one man than by another. Were it not for its influence, mankind would have no higher relish for the exquisite, the tasteful, the beautiful, and the sublime, than for the insipid, the dull, the homely, and the vulgar. Were it not for this faculty, we should no more highly prize the bold images, the glowing flights of fancy, the daring thoughts, and the impassioned bursts of eloquence which characterize the productions of Homer, of Shakspeare, of Milton, of Byron, of Addison, of Irving, of Chalmers, of Patrick Benry, and of Daniel Webster, than we do the plainer and dryer style of Locke, Dean Swift, William Cobbett, and many other still more homely writers. Without ideality, the splendid productions of a Raphael, a Corregio, a Canova, a Phidias, and a Praxiteles, would find no more favour in our eyes than the rudest paintings, and the roughest carvings, of the most uncivilized nations.

Although poetry is one form in which this faculty manifests itself, yet it is by no means exclusively confined to a relish for the inspirations of the muses. Though essential to the poet, it takes a wider range. It adds to the delight we take in viewing an elegant statue, an exquisite painting, a splendid temple, or any other finished production of art.  It causes and increases the glow and rapture experienced in beholding the beautiful landscape, the rugged cliff; the bold promontory, and the lofty mountain. [p. 165]

      ***

Location. — Ideal, isslocated upon the sides of the head, about the spot in which the hair begins to appear, upwards and backwards of construct., beneath the temporal ridge, and near its union with the parietal bone, and nearly in a line with compor., caus., and mirth. When large or very large, the sides of the head, where the hair makes its appearance, are widened and heightened, but when it is small, they are narrow and depressed. [p. 169]

  あいだには、このあいだ書いたような、頭のコブのサイズの違いによる記述などがはさまっております。 

   さて、747ページに載っているチャートは、実はIdeality がありません。Sublimity もありません。やれやれ。ということで、アカを入れておきました。――

FowlerPhrenology(1886)_modified.jpg
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  トンプソンの考えがナヘンにあったのかはわかりかねますが(ふふふ、いや、ほんとは推理可能なのですが)、ともあれ、これはまことにconfusing だと思われ。

 

   


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February 28 魂のありか (ポーの『マージナリア』から) [擬似科学周辺]

February 28, 2009 (Saturday)

  「February 17 イヴの創造とアダムの肋骨と横隔膜(序)」に続く序の2.

   魂の在所

 支那では、魂の在所は腹であることが判明した、そして明敏なギリシア人は、同じことを二つの言葉で言い現すのを無駄に思い、心と隔膜の両方の意味に、φρένες という唯一つの言葉を用いて居た。(吉田健一訳『覚書(マルジナリア)』

  ネットで原文を探すと、例のボルティモアのポー協会にE-textがあり。ひとつは『サザン・リテラリー・メッセンジャー』誌1849年7月号所収の "Marginalia - Part XVI" 初出テクスト ――

They have ascertained, in China, that the abdomen is the seat of the soul; and the acute Greeks considered it a waste of words to employ more than a single term, Apexes, for the expression both of the mind and of the diaphragm. 〔<http://www.eapoe.org/works/misc/mar0749.htm>

  もうひとつは、死後1850年に出た全集The Works of the Late Edgar Allan Poe の第3巻549ページのテクスト――

CLII.


    They have ascertained, in China, that the abdomen is the seat of the soul; and the acute Greeks considered it a waste of words to employ more than a single term, [[Greek text:]] xxxxx [[:Greek text]] [[Apexes]], for the expression both of the mind and of the diaphragm. 〔<http://www.eapoe.org/works/misc/margd04.htm>〕

    E-text がときどき困るのは、外国語などの特殊文字の表記がブレルことだと思います。

WS001030.JPG

 

    かつ「フレン」――「January 8 コトバの問題とコトバだけじゃない問題・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇)――擬似科学をめぐって(10)  On Pseudosciences (10)」など参照――ではなくて「フレネス」 だったので、ギリシア文字を求めて検索するはめになり・・・・・・おかげでいろいろなサイトを見てしまい。――

John Opsopaus, "The Parts of the Soul: A Greek System of Chakras" <http://www.chaosmatrix.org/library/magick/texts/jo-tep.html> 〔最近の人の短いエッセイ。サンスクリット語までいくと東西がつながるのかしら〕

林英彰・片岡暁夫「ギリシア的身体観の成立に関する研究(1) ――ホメロスにおける身体表示語の分析」 <http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M18/M189657/2.pdf> 〔筑波大学体育科学系紀要 15 (1994): 1-14 の pdf.〕

魂、霊魂(Soul)〔Gr.yuchv)〕」 <http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/soul.html> 〔例の『バルバロイ!』――「October 31, Nov. 3 メイポールを巡って (2)――ルネサンス・フェアをめぐって (中の続きのつづきの2)   About the Maypole (2): Renaissance Fair (5)」で言及した――の中〕

本日の宿題: apexes の意味

 

   

 

 


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January 21, March 3 メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その1)――擬似科学をめぐって(19→24)  On Pseudosciences (24) [擬似科学周辺]

March 03, 2009 (Tuesday)

    1月に書きかけて、ハナシの流れが分かれ過ぎて不分明になると判断して途中でやめた文章が見つかったので、ちょっと書き足して継いでみます。当初は、「January 20-21 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その3)――擬似科学をめぐって(18)  On Pseudosciences (18) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]」のすぐあとに出てきたものです。

-----------------------------ここから------------------------------------

January 21, 2009 (Wednesday)

    あ、デイヴィスについて、簡単に紹介しておきましょう。

   催眠術で透視能力を示したデイヴィスがはじめのころに発現した特殊な能力というのは、霊の力を借りて病気を診断するというものでしたが、人間が透明になって、解剖図が一種のオーラとなって透けて見えたということです(うわー、あやしい)。さらに治癒能力が発現する。そこでデイヴィスは見世物的講演において催眠術の被験者になることをやめて、病気の治癒と霊界との交信のみにトランスの利用を限定します。1844年、自らを古代ギリシアの医者のガレンと、神秘家のスウェデンボルグだという2人と田舎で出会います(あやしいです)。ガレンは、杖をくれたりいろいろと教えを授けたりしてくれたそうなのですが、内なる神が創造的な霊であり、その内なる神との接触が健康と治癒の本質である、とか、病は生き物の体だけを苦しめるのであって、内なる霊的生命はそのままである、とか、まあ、ヴィジョンで伝えます。スウェデンボルグのほうは、自分がデイヴィスを導いて、来るべき大きな変化の預言者となるように教える、と言います。

Andrew_Jackson_Davis_young(1847).jpg
1847 年の Andrew Jackson Davis (1826-1910) via "Andrew Jackson Davis - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Jackson_Davis>

  実は、デイヴィスはメスメリズムによるトランスから、メスメリズムを経由せずともトランス状態に入れるように進化します。つまりはじめは催眠術によってトランス状態に入り、そこで治癒や透視の能力を起こしていたのが、内的観想が恒常化したというか、いわゆる霊的能力が高まることで、外的力を借りずにトランスに入るようになる。ふだんは教育のないふつうの青年が、トランスに入るとむつかしい専門用語で医学や科学や哲学について語った、ということです。そのデイヴィスが協力者として得たのがWilliam Fishbough という牧師(と、Lyon という医師)で、(どうやらやっぱりいつもとは言わずとも医師に催眠をかけてもらった)トランス状態での口述筆記が、『自然の諸原理、その神的啓示、人類への声』 [Principles of Nature, Her Divine Revelations, and a Voice to Mankind (New York: S. S. Lyon and W. Fishbough, 1847)] に始まる数十冊の著書です。

    で、こうなると、擬似科学というより新興宗教に近い構図を示すようにも見えますが、社会改良運動に積極的であったデイヴィスは晩年には医学と人類学の学位もとり、霊的治療者として尊敬されるのでした。デイヴィスの初期の信奉者で有名なのは Thomas Lake Harris, 1823-1906 という、もともとユニタリアンの牧師(ウィキペディア "Thomas Lake Harris - Wikipedia" はこの人もUniversalist としていますが、ユニヴァーサリスト的な説教をしたとはいえ、いちおうセクトとしては違うのではないかと思う)だった人です。「霊媒」となって長い詩を書いて有名になり、イギリスにわたってスピリチュアリズムを説いて作家のローレンス・オリファントとその母を感化して金をつぎ込ませ、ニューヨークにthe Brotherhood of the New Life という友愛団とユートピア村を築く(ここに薩摩藩から20人くらいの日本人が参加したということです)。ハリスを含むデイヴィスのグループが、1848年にアメリカでおこるスピリチュアリズムのリーダー的存在になるのでした。

---------------------(ここまで)-----------------------------

   このときにやめたのは、スピリチュアリズムという、なるほど(1) のちには自らの規定として「死後存在の科学」を称するし、また(2) スピリチュアリズムへの関心の高まりからやがて、科学者が大いに参加した心霊研究協会や、さらに20世紀の「超科学」が出てくるとはいえ、死者の霊との交信を中心に据えたスピリチュアリズムを擬似科学とここで呼んでしまうのは気が引けた、というより、その前に擬似宗教的な問題を踏み固めておかないとまずいな、と思ったのでした。たぶん。

  しかし、擬似科学をめぐってという短期集中連載は曲がりなりにもとぐろを巻いて完結したので、ここからあらためて積極的に科学も超え擬似科学も超えたところへ話を広げてみようと思った次第です。ただ、いきかがかり上、擬似科学を「めぐって」話は拡大するという体裁をとります(このブログも4月で閉じますし。たぶん)。

  さて、ぐだぐだ書きました。スピリチュアリズムの話は次回にまわして(w)、1月21日に書いたハリスの話を補っておきます。the Brotherhood of the New Life がつくられるのが1860年前後ごろ。ローレンス・オリファントは、外交官であったエルギン伯ジェームズ・ブルースの私設秘書だった関係で1850年代末に一度日本に来たことがあったこともあり(このときの記録が Lawrence Oliphant, Narrative of the Earl of Elgin's Mission to China and Japan, 1857-8-9 (1859))、1861年のイギリスからの派遣団に参加してまた日本にやってきますが、水戸藩の浪士に襲撃されて重傷を負います。オリファントは朝鮮経由でイギリスに帰り、政治の仕事はパッとせず、1870年に、代表作の小説『ピカデリー Piccadilly 』を発表したりする。

  トマス・レイク・ハリスは実はもともとイギリスの生まれで、幼少時に一家で渡米したのでしたが、1859年から1860年にロンドンなどイギリスで講演旅行を行なっています。外交関係で旅に出ていたオリファントとハリスの、オリファントがコミュニティーに加わる前の正確な接点は調査中です。が、日本語のウィキペディアの「トマス・レイク・ハリス」 の記述によれば、以下のようです。

1867年7月、ローレンス・オリファントの紹介で、薩摩藩留学生の森有礼鮫島尚信、長沢鼎、吉田清成、畠山義政、松村淳蔵の6名がロンドンを出発、ハリスが主宰するコロニーのあるニューヨーク州へ向かった。

さらに、薩摩藩からの第二次留学生の谷元兵右衛門(道之)、野村一介(高文)、仁礼景範、江夏蘇助、湯地定基の5名が合流し、薩摩藩士総勢11名による共同生活が始まったが、森、鮫島、長沢、野村以外の者はすぐにハリスの元を去った。森、鮫島はハリスのコロニーで1年近く生活し、ハリスから多大な感化を受け、1868年、日本国家の再生を命ぜられ帰国したが、長沢、野村は残った。

森有礼に認められ、キリスト教を学ぶ留学生として、1871年1月23日(明治3年12月3日)、米国に渡った仙台藩士新井奥邃は、米国マサチューセッツ州ボストン郊外の村落において労働と冥想の日々を送り、数名の同志と共に田畑を耕し、労働と祈りの生活を実践していたハリスに師事し、その道を学んだ。

1875年(明治8年)2月、教団の移転のため、ハリスと共に、カリフォルニア州サンタ・ローザへ移動。以来約25年間、この地にあって労働と瞑想の日々を過ごし、1899年(明治32年)英語の自著『内観祈祷録』一冊を携えて帰国した話は有名である。

新生同胞教団は、ブドウ農園の経営を行っていて、生涯米国に残留してサンタ・ローザで生活を続けた長沢鼎はカリフォルニアの葡萄王と称えられている。

   維新後に加わった日本人のなかで、ハリスの秘書となったのが、新井奥邃(あらい・おうすい)です。もっとも、彼は薩摩ではなくて仙台藩士でしたが、森有礼から、漢学の素養を、英語習得の能力と判断されたところも大きかったらしい(実際、古文や漢文が得意な人は外国語も得意というのはあるようです)。仙台藩は薩長と敵対して戦ったわけで、新井奥邃も脱藩して五稜郭までむかったようです。そして北海道ではじめて接したキリスト教がプロテスタントではなくて、ギリシア正教だったことは、神秘主義的なトマス・レイク・ハリスの思想に感応するのに大きかったような気がしなくもありません(まあ他にもいろんな人たちが集ったわけですけれど、宗教家としての生き方は新井奥邃が際立っているように見えますから)。

   新井奥邃ももちろんカリフォルニアに来るのであって、4段落目の主語は新井奥邃です(改行しなければいいのに、長いのをいやがるのでしょうか)。やはりニューヨークで設立された神智学協会の流れがカリフォルニアに来る話を前にしましたが(「January 24-26 メスメリズムとアメリカ (補足の4)――擬似科学をめぐって(22)  On Pseudosciences (22)」)、ユートピア的夢想の実験ないし実現の場としてカリフォルニアは19世紀から特化された空間だったのかもしれません。

   で、モーリちゃんの父も知らなかったのですけれど、神のジェンダー問題についていろいろと考えさせられるきっかけとなったのでした。キリスト教的にいうと第三のペルソナである聖霊がどのように働くかが問題となる気はします。三分説的にいうと、魂と霊を分けるトリコトミー trichotomy の考え方が正式に異端とされるのは、869年のコンスタンティノープルの第8回公会議においてであったのですが、このときに東の方(えらくいいかげんな書き方ですが、どうも東方教会や正教会ということばは複雑でよくわかりません)はbody/soul 二分説のほうへ進まなかった、というのを昔トクトクと友人から説かれた記憶があり。ロシアからソロヴィヨフみたいな神秘思想家が・・・・・・あるいはブラヴァツキーだってそうでしょうが、出てくる土壌があるというような。

参考url―

明治のキリスト者――新井奥邃(あらい おうすい)の場合――」 <http://hk-kishi.web.infoseek.co.jp/kokoro-193.htm> 〔横浜上星川教会牧師・太田愛人のインタヴュー記事。たいへんに深く詳しい〕

「魔術人名録」(江口之隆) <http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/view.html> より――「Arai, Osui」 、「Harris, Thmas Lake」 、「Nagasawa, Kanaye」 、「Oliphant, Laurence

笠原芳光「新井奥邃の父母神思想」 <http://umi-no-hon.officeblue.jp/emag/data/kasahara-yoshimitsu03.html> 〔『田中正造とその時代』第四号(通巻第14号、昭和58年7月、青山館)所収の「新井奥邃の父母神信仰」を修正・改稿したもの。「主、二にして一」(the Lord : the Two-in-One)」とか、最初の「明治のキリスト者――新井奥邃(あらい おうすい)の場合――」 に引かれている奥邃の講話と同じだということがわかります

「GDF111 パネル・ディスカッション」 <http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/gd/GDF111/PANNEL/pannel.html> 〔鏡リュウジ、江口之隆、小谷真理らによるパネルディスカッションの記録。1998年11月22日、新宿アイランドホール〕


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March 4 メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その2)――擬似科学をめぐって(25)  On Pseudosciences (25) [擬似科学周辺]

March 04, 2009 (Wednesday)

   で、スピリチュアリズムなのですが、上段にかまえると疲れそうなので、かといって冗談めかすこともなく、さらりといきます。

  現代のオカルト・ブームの源泉は1848年にアメリカで起こったスピリチュアリズムだと考えるのが通説になっていて、それはWeb で読める日本の心霊研究のサイトの記述でもそうです。たとえば、スピリチュアリズム・サークル「心の道場」というところの「スピリチュアリズム入門」第1部1章「死後の世界へのアプローチ……宗教から近代心霊研究へ」――

十九世紀半ば以降の新しい霊魂の研究

人類全体の精神史という広い視点に立ってみるとき、今から約百六十年前――十九世紀の中頃から際立って大きな流れのあることが明らかになります。それまでの歴史にはなかった全く新しい精神的な動きが急激に興り、当時の欧米先進諸国を巻き込み、巨大なうねりを形成しました。この新しい動きが“スピリチュアリズム”です。

一八四八年、アメリカの小さな村で起きたある事件(*「フォックス家事件」と言います。第二章で詳しく説明)をきっかけに、死後の世界に対する科学的研究が始まるようになりました。それが「近代心霊研究」です。スピリチュアリズムは、こうした近代心霊研究を中心に発展していくことになります。

  あるいは、東京スピリチュアリズム・ラボラトリー(TSL)というところの、「1 導入編」の「(2) スピリチュアリズムとサイキカル・リサーチ」の「死後存続という概念」の見出しの項――

 「人間の個性は死後も存続するのか」という主題を、近代的な文脈で(つまり、単なる宗教教義や伝統的観念というような形ではなく)探究しようとしたのが、19世紀後半に欧米で勃興したスピリチュアリズム(Spiritualism)であり、それを契機として生まれたサイキカル・リサーチ(Psychical Research)でした。
 日本語では、スピリチュアリズムを「心霊主義」、サイキカル・リサーチを「心霊研究」と訳すことが通常ですが、原語では異なる語です。
 「spirit」は、「霊」(「精霊」や「聖霊」を含む)を意味する言葉で、スピリチュアリズムは、まさしく「霊魂」の存在を認めるという思想です。なお、一般的な「精神主義」や、中世キリスト教神秘主義の一派の名称と区別するために、Spiritualism と大文字で書かれるのが普通で、さらに「近代スピリチュアリズム Modern Spiritualism」と表記することもあります。ここでは簡単に「スピリチュアリズム」とします。
 サイキカル・リサーチの psychical は、ギリシャ語で「心」を意味する言葉「psyche」(プシケーないしサイキ)から来ています(「psychology (サイコロジー)」といえば、普通の「心理学」となります)。psyche は、実体を持ち、肉体とは別の(分離しうる)心というニュアンスを持ちます。「psychic」(サイキック)というと「超常的な(物理的な法則を超えた)心の力による」というニュアンスの形容詞になります。超常的な現象そのものを「psy」(サイ)と呼ぶこともあります。
 ですから、「Spiritualism」はむしろ「霊魂主義」、「Psychical Research」は「超常的心力研究」とでも訳す方が正確かもしれません。ここでは原則的に両方ともカタカナで表記します。

 その出発点が、1848年に起こった「ハイズヴィル事件」であることは、多くの人が認めるところです(ただし、懐疑的な傾向の強い研究者は、この事件をいかがわしいスキャンダルとして否定することがあります。なお、この前史として、アンドリュー・ジャクソン・デイヴィス(1826-1910)というアメリカの霊能者を重視する人もいます。)。
 ハイズヴィル事件とは、アメリカ・ニューヨーク州の寒村ハイズヴィルで、幼いフォックス姉妹が、夜な夜な怪音を立てる〈霊〉と、指を鳴らすことでコミュニケーションを取ることに成功した、というものです(詳しくは用語・事項編を参照ください)。
 これが新聞で報じられると、同様の現象がアメリカのあちこちで起こりました。人々は、何人かが集まって、テーブルの上に手を置き、じっと精神集中することで、テーブルが浮揚し、言葉の代わりに音でイエス・ノーを答え、それによって〈霊〉との交信が可能になることを知ったのでした。
 こうした〈交霊会〉の流行はすぐにヨーロッパに飛び火し、特にイギリスでは、「ロンドンでは、毎晩、何千ものテーブルが傾いているはずだ」と言われるような大流行となりました。

  そして、このサイトのスピリチュアリズム・心霊研究用語解説のページの「交霊会」は「セアンス」と「テーブル・ターニング」を書いています――

交霊会(sitting, seance) セアンスというフランス語が用いられることが多い。古典的な形態では、真っ暗な部屋で、気心の知れた数人が、テーブルを囲んで両手をその上に置き、しばしば祈りを唱えたり賛美歌を歌ったりして、長時間待つことで、テーブルが動き出し、叩音(ラップ)が響く。会席者は霊との間に「イエスなら1回、ノーなら2回、音で答えよ」といったルールを取り決め、質問を発していく……というものである。部屋は主催者の家の応接室など、よくなじんだ場所であること、メンバーは心が同調している仲間を8人以内ほどで選び、顔ぶれを変えないこと、テーブルは簡単に動かない重い円卓が望ましいこと、低俗な好奇心ではなく真剣な思いを持つこと、など、いろいろな条件がある。スピリチュアリズム全盛時代は、「ロンドンでは毎晩幾千のテーブルが踊っている」と言われるほど、どこでも普通に行なわれた。また、強力な霊媒/霊能者を囲んでの実験会を交霊会と呼ぶこともある。霊言を始め、様々な物理的霊現象が発現する。

  さて、交霊会とか降霊会ともっぱら訳されるフランス語のséance が、メスメリズムの集会(フランス語は「集会」「セッション」の意味です)でも使われていたことは前にポスターで示しましたが、また貼ってみます。――

mesmerism05(1844).jpg

   これは1844年のロンドンでのメスメリズムの講演(興業?)のチラシでした。

  ちなみに英語のWikipedia の"Séance" は、冒頭で、語源的な意味の説明も入れて、次のように書いています。――

A séance (pronounced /ˈsay-ons/) is an attempt to communicate with spirits. The word "séance" comes from the French word for "seat," "session" or "sitting," from the Old French "seoir," "to sit." In French, the word's meaning is quite general: one may, for example, speak of "une séance de cinéma" ("a movie session"). In English, however, the word came to be used specifically for a meeting of people who are gathered to receive messages from spirits or to listen to a spirit medium discourse with or relay messages from spirits; in modern English usage, participants need not be seated while engaged in a séance.

  英語においては、霊からのメッセージを受け取るため、あるいは霊媒の霊との交信を聴くために集まった人々の集会をもっぱら指すようになった、というように書かれています。

  日本語の対応するはずだけれど、短い「交霊会」の記述――

交霊会(こうれいかい、仏: Séance)または降霊会とは、霊媒者を介して、あるいはひとつのテーブルを取り囲むことで死者とのコミュニケーションをはかるセッション(会合)のこと。1840年代にアメリカで出現し、50年代になるとヨーロッパのブルジョワサロンを熱狂させていた。フランスの心霊術研究家アラン・カルデックはその著作『霊の書 (Le livre des Esprits)』(1857年)においてこのセッションに Séance という名を与え、そこに哲学的意味を見て取ることとなる。今日では、ブラジルに多くの支持者がいるという。

  これで記事の本文全部ですw。文意がちょっとあいまいですが(毎度ながら人のことは言えませんが)、あたかもアラン・カルデックが名づけたように書かれています。

  で、くだんのイギリスのメスメリズムのセアンスは、フランスからやってきたアドルフ君が被験者であり、彼は透視能力を発揮するのですけれど、霊との交信みたいなことは、少なくとも、もしそういうものが「売り」だったらポスターに書かれるでしょうし、どうやら、少なくとも前面には出ていない。いないけれどセアンスです。むろん、じゃあ、敢えてフランス語のséanceが、どういう含みで用いられていたかは調べねばならんのですが。

  それから、図版を続けますと、テーブルターニングとかテーブルムーヴィングと呼ばれた実験について――

mesmerism09.jpg

  これは1850年代のものです。中産階級の普通の家庭で親子(やたぶんこの絵だと召使も?)が一緒にテーブルを囲んでテーブル・ターニングを実験している図。

  日本語のウィキペディアだと、「コックリさん」の項目にテーブル・ターニングについての記述があります。――

西洋で流行した「テーブル・ターニング」とは、数人がテーブルを囲み、手を乗せる。やがてテーブルがひとりでに傾いたり、移動したりする。出席者の中の霊能力がある人を霊媒として介し、あの世の霊の意志が表明されると考えられた。また、霊の働きでアルファベットなどを記したウィジャボードと呼ばれる板の文字を指差すことにより、霊との会話を行うという試みがなされた[2]

  で、確かに table turning はアメリカでモダン・スピリチュアリズムが起こった1848年のあと、1851年の暮れごろからヨーロッパで大流行するものです。それはそうなのですが、必ずしも霊がらみ、少なくとも「交霊」がらみであったわけではない。――

mesmerism11.jpg

   これは、中央のハゲチャビンのように見えるおじさんが霊能者ということではなくて、動物磁気の流れによってテーブルの運動を起こそうという試みです。

   だから、ウィキペディアの記述でいうと、「現象の解釈」のところに書かれた諸説――もっとも「コックリさん」に重点があるのですけれど、前置きとして「コックリさんの起源である「テーブル・ターニング」については、大流行していた1800年代から著名な科学者たちが、その現象の解明に取り組んだ。1853年にはプロイセン王国(現:ドイツ)の数学者カール・フリードリヒ・ガウスイギリスの科学者、マイケル・ファラデーが実験的検討を試みた」とか書いているので、両者あわせてという記述に読めます――の、「霊が原因説」、「潜在意識説」、「筋肉疲労説」のいずれとも異なるものが、少なくとも当初には想定されていたことが考えられます。実際、1852年の『タイムズ』誌のウィーンからの特派員報告の記事は、電気ないし磁気を想定しているものです。――

Round the table three ladies and five gentlemen placed themselves, and formed a magnetic chain, which is effected by each person laying his hands lightly on the margin of the table and placing the little finger of his right into his neighbor's left.  [Times, 3 March 1852; as quoted in Alison Winter, Mesmerized: Powers of Mind in Victorian Britain (Chicago and London: University of Chicago Press, 1998), p. 263]

   "magnetic chain"* という、ホーソーンの小説とかにも出てきちゃったりするフレーズが出てきますが、上の図に説明は合致していて(男女の人数比はちょっち違いますが)、隣りの人同士が小指と小指をそっと重ねてワッカを作っています。 

   と、ぐだぐだと書いてきましたが、にもかかわらず、1830年代、40年代のメスメリズム(動物磁気説ないし催眠術)の実験において、トランス状態で被験者が霊の言葉を語ることがあったことはまぎれもない事実で、それこそがメスメリズムからスピリチュアリズムに一直線につながるもの、擬似科学とされることになるメスメリズムが「擬似宗教」に近接するところにほかなりません。

   (この項つづく)

"So much for the intellect! But where was the heartThat, indeed, had withered--had contracted--had hardened--had perished! It had ceased to partake of the universal throb. He [Ethan Brand] had lost his hold of the magnetic chain of humanity. He was no longer a brother- man, opening the chambers or the dungeons of our common nature by the key of holy sympathy, which gave him a right to share in all its secrets; he was now a cold observer, looking on mankind as the subject of his experiment, and, at length, converting man and woman to be his puppets, and pulling the wires that moved them to such degrees of crime as were demanded for his study." ("Ethan Brand")

Cf.  "She [Hester Prynne] silently ascended the steps, and stood on the platform, holding little Pearl by the hand. The minister felt for the child’s other hand, and took it. The moment that he did so, there came what seemed a tumultuous rush of new life, other life than his own, pouring like a torrent into his heart, and hurrying through all his veins, as if the mother and the child were communicating their vital warmth to his half-torpid system. The three formed an electric chain." (The Scarlet Letter, ch. 12)

以上のホーソーンからの引用、なんとなくですが、青山義孝「『緋文字』を読む」 <http://pot-8-o.hp.infoseek.co.jp/%81w%94%EA%95%B6%8E%9A%81x%82%F0%93%C7%82%DE.htm> からの孫引きになってしまいました。他意はないです。えーと、Web に頼らずに本を手に取ると、Maria M. Tatar, Spellbound: Studies on Mesmerism and Literature― 

In The Scarlet Letter, Hester, Dimmesdale, and Pearl link hands to forge an "electric chain" (V, 186).  The narrator of The House of the Seven Gables describes the warmth of Phoebe's hand and notes that the act of touching it assures one a place "in the whole sympathetic chain of human nature" (C, II, 141).  Finally, the search for the unpardonable sin causes Ethan Brand to lose his hold on "the magnetic chain of humanity" (III, 495).  Sympathy, like electricity and magnetism, appears as a kind of vital current flowing around all those who submerge themselves in the great mass of humanity.  Communicated by touch or by a clasp of the hand, it links men into one grand chain of brotherhood and connects them with the source of life.  In The House of the Seven Gables the narrator states that "the sympathy or magnetism among human beings is more subtle and universal, than we think; it exists, indeed, among different classes of organized life, and vibrates from one to another" (C, II, 174).  (p. 222)

   ついでに書いておくと、

(1) 作家はヒユとして使っているのか、ヤユとして使っているのか、マジで使っているのか、なかなかややこしいところがあります、一般に。

(2) ホーソーンで思い出したけれど、テーブルターニングの流行は、メスメリズムの流れで言うと、被験者とメスメリストのあいだの主従関係、特に男女の支配関係を免れるものだったので、一般に流行ったみたいにアリソン・ウィンターは書いています。どうも文学研究者と同様に社会学系の人もジェンダーが頭から離れないというか、人種・性差・階級を三種の神器よろしく武器としてそなえるところがあるようで。で、確かにホーソーンみたいな人は、芸術家と芸術家が神のごとく支配ないし心のうちを暴露する作品内登場人物の関係と類推的なものとして(マッド)サイエンティストと女性被験者を書いていて、後者(つまり実際の物語)においては男女に設定しますねえ。だけどそれはホーソーンの選択であって、現実がそうだというわけではない。女メスメリストだっていました。――

mesmerism13btrimmed.jpg

   これはアメリカでもよく読まれた(ポーが別のメスメリズム研究書の書評で言及して称賛している)Townshend のFacts in Mesmerism の挿絵です(206ページの本文への)。

   こういう絵を見てレズビアン幻想をたくましくするのも勝手ですが(タウンシェンドの本文によると姉妹のようです)、これは支配・被支配の図というのではなくて、交感図という趣きです。男と男の挿絵も前後してありますが、省略します。ただ、(これは現実ではないけれど、ポーなんかは、男女という構図をメスメリズムを扱った小説では出しませんね。男と男です(まあ、ホモセクシュアル幻想をたくましくするのも勝手ですが・・・・・・もっとも「催眠術の啓示」と「ヴァルドマール氏の病状の真相」において、術師はPで被験者はいずれも頭文字がVという、まるでトマス・ピンチョンの『V.』を思わせるところがなくもない、とすれば性的なあてこすりがありうるかもしれない設定なのですが)。ホーソーンにしたって、 "magnetic chain" については、比喩のレヴェルで働いている意味からして、そこに階級・主従関係はとりあえずはないのでしょう。それとも鎖だから縛るのでしょうか。そうかなー。しかしそんなこと言ったら親子の絆も婚姻の絆(こういうのをキリスト者としてホーソーンは大事にしていたとされます)否定されるものになってしまうが。そうかなー。

################

E-texts:

Chancey Hare Townshend, Facts in Mesmerism, with Reasons for a Dispassionate Inquiry into It (1840) <http://www.archive.org/details/factsinmesmeris00towngoog> 〔Internet Archive〕

Edgar Allan Poe, "Mesmeric Revelation."  Tales (1846)  <http://www.archive.org/details/talesedg00poeerich> Pp. 47-57.

 

 


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March 5-6 プレフォルストの女見霊者  メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その3)――擬似科学をめぐって(26)  On Pseudosciences (26) [擬似科学周辺]

March 05, 2009 (Thursday)
March 06, 2009 (Friday)

   もちろん、憑依と呼ぼうがトランスと呼ぼうが神がかりと呼ぼうがトリップと呼ぼうが神的体験と呼ぼうが霊的体験と呼ぼうが、あの世↘この世の霊界通信的なコミュニケーションは、古くからあるわけですけれど、18世紀末に「科学」の装いで興ったメスメリズムによってトランス状態におちいった被験者が語る霊や霊界がらみの事例として有名なのは「プレフォルストの女見霊者」(英語だと "the Seeress of Prevorst" として知られる)と呼ばれる、ドイツの、バヴァリアの農婦の事例です。えーと、たしか名前はフリードリケ・ハウフェ。このひとのことを最初に読んだのはコリン・ウィルソンの本のなかでした。

  コリン・ウィルソンは同じことを繰り返し変奏して書くので、いろんな本で語っていると思いますけれど、てもとにある『ポルターガイスト』(1981) では第7章 "Ghost Hunters and Ghost Seers" の冒頭で詳しく紹介されています。――

If the history of ghost-hunting has to have a starting point, then the year 1829 is probably as good as any.  It saw the publication of a book called The Seeress of Prevorst, which became one of the bestsellers of the nineteenth century, and familiarised the general public with the idea that we may be surrounded by invisible spirits.  It was written by Dr Justinus A. C. Kerner, a rich and eccentric doctor who was also a well-known poet and song-writer.  In 1826, the forty-year-old Kerner was practising in Weinsberg, near Heilbronn, when he was consulted by the relatives of a woman called Friederike Hauffe, who was dying of a wasting disease.  She had lost all her teeth and looked like a walking skeleton.  (Colin Wilson, Poltergeist!: A Study of Destructive Haunting, p. 250)

   ゴーストハンティングの歴史に出発点があるとするなら、1829年が最もふさわしかろう、とウィルソンは書きます。この年にドイツの詩人でもあった医師ユスティヌス・A・C・ケルナーによる『プレフォルストの女見霊者』が出版され、これが19世紀のベストセラーの一冊となって、我々が不可視の霊に取り囲まれているという観念を一般に広めたからだと。

  1826年、ケルナーが46歳のときに、親戚に連れられてきたのが、フリードリケ・ハウフェという、歯が抜けおち、骸骨のようになった女性でした。以下、直接引用しないで要約します。子供のころからトランスに落ちて、ヴィジョンを見、見えない霊と会話をし、また未来も精確に予言していた。19歳のときに、親戚の男と結婚し、鬱状態におちいる。20歳のときに第一子が生まれ、ヒステリー症状を起こす。毎晩のようにトランスに落ちて、死者の霊を見る。・・・・・・ケルナーは最初、フリードリケのヴィジョンや霊について懐疑的で、ヒステリーが原因だと考えます。けれども、フリードリケが人体を透視して神経系の正しい記述をしたり、目を閉じておなかで文書を読んだりする能力があることがわかる。あるいは暗闇のなかで、たとえばコンパスで描いたような正確な円をすばやく書くことができる。

  通常の薬を処方しても効果がなく、「磁気トランス magnetic trance」に置いて霊の指示を聞いてみては、とフリードリケのほうからケルナーにいいます。はじめ乗り気ではなかったケルナーは、メスメリズムを試してみることにします。フリードリケは「マグネティズム」に反応して、容易にトランスに入る。ケルナーはこの状態でフリードリケが語ることに懐疑的だったのですが、ある日、考えを一変させる事件が起きます。フリードリケが、ヤブニラミの男につきまとわれている、と言う。彼女の記述から、ケルナーはそれが2,3年前に死んだ男だとわかる。フリードリケによると、横領の罪を別の人間が着せられていることで罪悪感に責められているらしい。その別の人間も既に亡くなっているのだが、その未亡人のために、ある文書によって汚名を晴らしてやりたいという。霊はフリードリケにその文書のある部屋を「見せ」る。フリードリケのくわしい記述から、その部屋で働いている人間がハイド判事という人だとケルナーにはわかる。そして、ケルナーが判事に連絡してみると、クリスマスの日にちょうどフリードリケが記述するような状態で仕事をしていたことがわかる。調べてみると、記述のとおりに部屋のチェストに文書が見つかり、そして記述のとおりに、文書の番号がまちがった並びになっていたこともわかる。

  てなことがあって、ケルナーはフリードリケの発言と超自然的な能力を信じるようになります。フリードリケが言うには、我々はつねに霊に囲まれている。これらの霊はいろんなやりかたで注意を引こうとする――ノックをしたり、モノを動かしたり、砂を投げたり。そして、フリードリケは霊のひとりにラップ音を出させたり、空中から小石や灰を降らせたり、椅子を宙に浮かばせたりさせます。

  コリンはポルターガイストがらみでフリードリケの事例に言及しているので、ケルナー宅に滞在中に起こしたポルターガイスト現象のこととか書かれています。が、のちの「霊訓 spirit teachings」的なものをフリードリケが語ったことも語っています。――

          Friederike also produced what would later be called 'spirit teachings', an amazingly complex system of philosophy in which man is described as consisting of body, soul and spirit, and of being surrounded by a nerve aura which carries on the vital processes.  She spoke about various cycles in human existence―life cycles (or circles) and sun circles, corresponding to various spiritual conditions.  She also described a remarkable universal language from ancient times, said to be 'the language of the inner life'.  (A mystical sect was founded to expound those doctrines after her death.) 〔フリードリケはまた、のちに「霊の教え(霊訓)」と呼ばれるものを提示した。それは驚くほど複雑な哲学体系で、人間が体、魂、霊で構成され、生命プロセスを行なう神経オーラに囲まれているものとして記述される。彼女は人間存在のさまざまなサイクルについて語った。さまざまの霊的状態に照応する生のサイクル(あるいはサークル)と太陽のサークル。彼女はまた、「内的生命の言語」といわれる古代からの普遍的言語について記述した。・・・・・・〕
          All these mediumistic activities made Friederike more and more feeble, and she died in 1829 at the age of twenty-eight.  Kerner's book The Seeress of Prevorst (the name of the Swabian village where she was born) created a sensation, and was equally successful when it was translated into English in 1845 by Catherine Crowe, whose own book, The Night Side of Nature, created an equal sensation four years later.  It is arguable that The Seeress of Prevorst and The Night Side of Nature were two of the most influenctial books of the nineteenth century. 〔こうした霊媒的な活動によってフリードリケはますます衰弱して、1829年に28歳で亡くなった。ケルナーの著書『プレフォルストの女見霊者』(プレフォルストはフリードリケが生まれたシュヴァーベンの村の名前)はセンセーションを引き起こし、1845年にキャサリン・クローによって英語に訳されたものも同様に成功をおさめた。その4年後のクロー自身の『自然の夜の側面』も同じくセンセーションを巻き起こした。『プレフォルストの女見霊者』と『自然の夜の側面』は、おそらく、19世紀の最も影響力をもった2冊の本だった。〕 (p. 254)

  引用の最初の段落の、body-soul-spirit の三分説が目にとまります。

  そのあと、19世紀後半のスピリチュアリズムに対する科学の反応というか反動というか反発によってこの本が「心霊研究 psychical research」に携わる人間からはまじめに受け取られなくなったこと、そして20世紀にはほとんど忘れられてしまったことが書かれています("as the scientific reaction against spiritualism increased, The Seeress of Prevorst  ceased to be taken seriously by those engaged in psychical research, and by the twentieth century it had been virtually forgotten")。心霊研究協会のフランク・ポドモアやE・J・ディングウォールなどのケルナーに対する批判が引かれたりして。で、コリンとしてはポルターガイストの事例と見ることですくい上げようとするわけです。

  モーリちゃんの父は、イギリスの女性作家だったキャサリン・クローの『自然の夜の側面』はむかしロンドンの骨董屋みたいな古本屋で50ドルくらいで買ったのを持っていますが、ケルナーの英訳は見たことがありません。アリソン・ウィンターの、イギリスにおけるメスメリズムの研究書では、フリードリケ・ハウフェについて、ほんの数行だけ出てきます。――

During this period a number of women invalids were said to have been placed in extraordinary states by mesmerism.  One well-known case was that of a Bavarian peasant woman, the so-called Seeress of Prevorst, chronicled by the novelist Catherine Crowe.  Her deathlike magnetic state blinded her to her immediate physical environment but put her in contact with what she called the "real world" invisible to everyone else (fig. 50). 〔この時期、女性の病人たちがメスメリズムによって異常な状態に置かれたといわれる。有名な事例は、作家のキャサリン・クローが記録した、いわゆるプレフォルストの女見霊者として知られるバヴァリアの百姓女である。死んだような催眠状態に入ると、周囲の物理的環境は目に入らなくなるが、他の誰にも見えない、彼女の言う「真の世界」との接触が行なわれた。〕[Alison Winter, Mesmerized: Powers and Mind in Victorian Britain (Chicago and London: U of Chicago P, 1998) 215]

  そして、この図50 (p. 216)というのが、言語から判断してして、クローの英訳本からのものなのでした――

SeeressOfPrevorst(Kerner-Crowe).jpg

  「サークル」でも「サイクル」でもなくて"sunsphre" と書かれています。3次元的に見られるべき図なのでしょうね。なにがなにやらわかりませんが。

 

 

  カリフォルニア時間3月7日午後3時40分追記  全然別の調べ物をしていたら、こりんの『ポルターガイスト』の邦訳が楽天オークションに出ているのに出くわしました。ちょうど日本時間の7日に出品されたのでした。訳が手元にあれば苦労はしなかったのに――
poltergeist_ColinWilson.jpg
via 楽天オークション<http://auction.item.rakuten.co.jp/10003018/a/10010729/>

 


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March 8 キャサリン・クローの『自然の夜の側面』 Catherine Crowe, The Night Side of Nature――擬似科学をめぐって(27)  On Pseudosciences (27) [擬似科学周辺]

March 08, 2009 (Sunday)

   ケルナーの『プレフォルストの女見霊者』のキャサリン・クローによる英訳は、昨年2008年の11月に、例のKessinger からファクシミリのリプリント版が出ていることがわかりました。さらに、このあいだの記事「March 5-6 プレフォルストの女見霊者  メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その3)」の引用で訳さなかった箇所 "(A mystical sect was founded to expound those doctrines after her death.) " (彼女の死後、この教理〔古代からの神秘言語にかかわるもの〕を解釈するための神秘教団が創設された)というのにかかわるらしい研究書で The Seeress of Prevorst: Her Secret Language and Prophecies from the Spirit World というのが、やっぱり11月に出版されているのがわかり、両方とも多少のか他生のかわかりませんが縁を感じて注文しちゃいました。

  で、\(・_\)それは(/_・)/しばらくおいといて、キャサリン・クローの『自然の夜の側面』のE-text、E-bookはWeb に見つかります。Internet Archive には20世紀はじめのものも含めて英米で3冊ずつ5種おさめられています。次の2巻本が1848年の初版本です(London: T. C. Newby)――

The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 1) - Crowe, Catherine, 1800?-1876
The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 2) - Crowe, Catherine, 1800?-1876

つぎのものは1850年のアメリカ初版 (New York: B. B. Mussey) と思われるものです(New York Public Library 所蔵本)――

The Night-side of Nature; Or, Ghosts and Ghost-seers - Catherine Crowe

  ちなみに、『プレフォルストの女見霊者』の翻訳の5年後の自らの著作というふうにコリン・ウィルソンは書いていて、1850年と思っていたのですが、1848年なのですね。翻訳の情報は Kerner, J. F.  The Seeress of Prevorst: Being Revelations Concerning the Inner-Life of Man [. . .].  Trans. Catherine Crowe.  London, 1845 です。まあ、当時は年の暮れの出版が翌年の日付とか、ありますけれど、コリンの誤記ですかね。

    ううむ。1849年の初頭に実際には出版されているかもしれません。

  序文でクローは、"night side" というコトバがドイツ語から来ていて、惑星の見えない側のことをいうのだと説明しています。この意味は現在の英和辞典にも載っています。で、自然の通常見えない側ということで、比喩的に使っていて、それはそうなのですが、ドイツがらみでいうと、シェリングの弟子で、『夢の象徴学』(ホフマンの紹介と夕焼けにゃんにゃんで有名な深田甫による邦訳があります)を書いたハインリヒ・シューベルトの書名『自然哲学の夜の側面』を明らかに意識したものだと思われます。

  そして、このクローの本は、ドイツの権威を利用しつつ、夢や幽霊やドッペルゲンガーや憑依や死後の世界などについて包括的に記述して、センセーションを巻き起こすことになります。初版の2巻本の目次とページを書き写しておきます。

VOLUME I: I.―Introduction (1), II.―The Dweller in the Temple (24), III.―Waking and Sleeping, and how the Dweller in the Temple sometimes looks abroad (41), IV.―Allegorical Dreams, Presentiments, &c. (95), V.―Warnings (107), VI.―Double Dreaming and Trance, Wraiths, &c. (165), VII.―Wraiths (222), VIII.―Doppelgangers, or Doubles (258), IX.―Apparitions (300), X.―The Future that awaits us (361-422).

VOLUME II: I.―The Power of Will (1), II.―Troubled Spirits (26), III.―Haunted Houses (64), IV.―Spectral Lights, and Apparitions attached to certain families (147), V.―Apparitions seeking the prayers of the living (194), VI.―The Poltergeist of the Germans, and Possession (238), VII.―Miscellaneous Phenomena (312), VIII.―Conclusion (353-384).

  第1巻第1章「神殿の居住者」、第2章「覚醒と睡眠、そして神殿の居住者がときにあたりをみまわすこと」に出てくる "the dweller" というのは、人間の内なる霊のことなのですが、それについて次回にちょっとだけ補足します。

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