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March 31 ウィリアム・シャープとフィオナ・マクラウド(1) William Sharp and Fiona Macleod (1) [本・読み物 reading books]

March 31, 2009 (Tuesday)

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   いまの時期に (1) とか記事につけて書いていいんだろうか、という自問の声がなくはないのだが、書いてみます。

  去年の秋くらいにバラバラに買った本。いちばん下のはウィリアム・シャープの奥さんのエリザベスによる伝記、まんなかはウィリアム・シャープにフィオナ・マクラウドという女性人格が現われだす直前くらいの時期の著作集、上は戦後のFlavia Alaya の研究書(フィオナはイングランド文壇で成功したウィリアム・シャープが抑圧したスコットランド的なるものの回帰だというような考えのようです)。

Elizabeth A. Sharp.  William Sharp (Fiona Macleod): A Memoir.  New York: Duffield, 1910.  433pp.

William Sharp.  Vistas, The Gypsy Christ and Other Prose Imaginings.  New York: Duffield, 1912.  484pp. 

Flavia Alaya.  William Sharp―"Fiona Macleod," 1855-1905.  Cambridge: Harvard University Press, 1970.  261pp.

  フィオナ・マクラウドという女性名義の短篇は、戦前には松村みね子の訳があり、戦後は荒俣宏が訳しています。けれども、日本人でウィリアム・シャープととフィオナ・マクラウドの名を知る経路としては、女性作家の尾崎翠を介してである人が多かったのではなかったかと思われます。とくに「こほろぎ嬢」。

かくて、静かな葬列は、いろんな思ひをのせ、着くべきところへ向つて流れたのである。けれど人々は、ふいおな・まくろおどの居場所について皆思ひ誤ってゐた。嬢はいま、人に知られぬ処、ゐりあむ・しやあぷの骸のなかに、肉身を備へない今一人の死者として横はり、人知れぬ葬送を受けてゐたのである。ふいおな・まくろおどは、まつたく幻の女詩人であつた。詩人しやあぷの分心によって作られた肉体のない女詩人。それゆえ嬢は、よき人しやあぷとともに地上から消えた。けれど生世のうち、二人の艶書のやりとりは、それは間ちがひのない事実であつた。分心詩人ゐりあむ・しやあぷの心が男のときはしやあぷのペンを取ってよき人まくろおどへの艶書をかき、詩人の心が一人の女となったとき、まくろおどのペンを取つてよき人しやあぷへ艶書したのである。かかるやりとりについては、今後時を経て、「どつぺるげんげる」など難かしい呼名のもとにしやあぷの魂をあばく心理医者も現はれるであらう。また、ふとして、東洋の屋根部屋に住む一人の儚い女詩人が、彼女の儚い詩境のために、異国、水晶の女詩人を、粗末なペンにかけぬとも言へないのである。心理医者、そして詩人。何といふ冒涜人種であらう。いつの世にも、彼等は、えろすとみゆうずの神の領土に、まいなすのみを加へる者どもである。彼等が動けば動くだけ、ゐりあむ・しやあぷの住んでゐたみすてりの世界は崩されるであらう。

 

  尾崎は二重人格・ダブル、それと両性具有に関心を強くもつわけですが、尾崎翠のことばでいうと「分心」の典型的な、それも作家として、ウィリアム・シャープという人がいたわけです。尾崎の書き方だと「ゐりあむ・しやあぷ氏&ふいおな・まくろおど嬢」。フィオナというのは典型的なゲール語で、white とか fair の意味。Macleod の発音は「マクラウド」が正しく、マックというのはゲール語で誰誰の息子 son みたいな意味ですから、ファーストネームとしては男子名ですけれど、ファミリー・ネームとしてもあります。

  はじめてFiona Macleod 名で Pharais を出版した1893年の手紙のなかに見つかる一節――



This rapt sense of oneness with nature, this cosmic ecstasy and elation, this wayfaring along the extreme verges of the common world, all this is so wrought up with the romance of life that I could not bring myself to expression by my outer self, insistent and tyrannical as that need is. . . .  My truest self, the self who is below all other selves, and my most intimate life and joys and sufferings, thoughts, emotions and dreams, must find expression, yet I cannot save in this hidden way.  (Elizabeth Sharp, 227)
(この自然との歓喜にみちた一体感、この宇宙的なエクスタシーと高揚感、この、日常世界の境涯を歩み行くこと、これらはすべて、私の外的自己によっては表現できない生のロマンスによってつくられています。表現の要求は執拗で強制力があるのですが。……私の最も真実の自己、他のすべての自己の下にある自己は、そして私の最も大切な生と喜びと苦しみ、思い、感情と夢は、ぜひとも表現を求めねばなりません。が、この隠れたやりかたでしかできないのです。 save=except〕)

  "Should the secret be found out, Fiona dies." (秘密が見つかったらフィオナは死んでしまう) と何度も言っていたと夫人は回想しています。
 
  その年の暮れにウィリアム・シャープが書き記したことば――



I am tempted to believe I am half a woman, and so far saved as I am by the hazard of chance from what a woman can be made to suffer if one let the light of the common day illuminate the avenues and vistas of her heart. . . .
(228)


 注意しなければならないのは、シャープ自身が語っている見解が真実かどうかはわからない、ということです――もっとも、引用したものだけでもブレているように見えますけれど。

 奥さんの見るところでは、フィオナが高次の自己というのでもなかったようです。両者とも啓示を待つ存在であった。ぶっちゃけていうと、両性具有的な存在というのでもなく、むしろ自己の分離、人格の乖離に苦しむ人でした。いまふうにいうと「解離性同一性障害」と呼ばれるだろうもの。それでも、興味深いのは、シャープがかなり以前からトランスに落ちる人間だったことで、その神秘体験の記述はたいへんおもしろい。

I remember from early days how he would speak of the momentary curious "dazzle in the brain" which preceded the falling away of all material things and preluded some inner visions of Great Beauty, or Great Presences, or of some symbolic import―that would pass as rapidly as it came.  I have been beside him when he has been in trance and I have felt the room throb with heightened vibration.  I regret now that I never wrote down such experiences at the time.  They were not infrequent, and formed a definite feature in our life.  (425)

 

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尾崎翠フォーラム <http://www.osaki-midori.gr.jp/index.htm>

The Letters of William Sharp "Fiona Macleod" <http://ies.sas.ac.uk/cmps/Projects/Sharp/contents.htm>The William Sharp "Fiona Macleod" Archive Edited by William F. Halloran, University of  Wisconsin, Milwaukee Sponsored by the Institute of English Studies

 

 


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